能登半島地震被災地支援企画✕3月11日、忘れてはならない大切な日。 能登半島地震被災地支援企画✕3月11日、忘れてはならない大切な日。

13年前の2011年3月11日に東日本大震災を経験している私たちだからこそ、
北陸の被災地の方々へ伝えられる言葉、寄り添える言葉があります。
河北新報社では、「能登半島地震被災地へ、宮城・東北から想いをつなぐメッセージ」をテーマに、
読者の皆さまからメッセージを募集いたしました。
お寄せいただいたメッセージを紹介させていただきます。
能登半島地震被災地へ
宮城・東北から想いをつなぐメッセージ
  • 被災地へ思いつなげる

    被災者は大変な思いをしながら日々過ごしているはず。1月に石巻市内で売り上げを全額寄付するビールイベントを開催したら14万円近く集まった。被災地にはなかなか行けないが、東日本大震災を経験した私たちには「何かしなければいけない」という思いは常にある。そんな思いを被災地につなげたい。

    イシノマキ・ファーム(石巻市) 高橋由香さん
  • 支援のタイミング注視

    東日本大震災の前から、大災害が起きると自分にできることは何かと考え、不便な環境でも力をつけてもらいたく、うちで作っているものから、湯通しするだけで食べられる餅などを送ってきた。今回の地震があってすぐに支援物資の受け入れについて問い合わせたが、個人の食料支援は受けていないとのことで、どのようなタイミングで何ができるか、引き続き関心を持って見守っていきたい。

    赤坂農園(東松島市) 赤坂芳則さん
  • 何ができるか考えたい

    震災を経験して日も浅く、この先どうなるのかが見えないつらさがあるだろう。先日、石川県のお客さんから加工品発送の注文が入り、聞いてみると水産物もこちらとはかなり違うような話だったので、頼まれていないものも一緒に送り、喜んでいただいた。現地の状況や必要な支援は、場所や時期によっても今後も変化するはず。個人、地域、会社、さまざまな場面で何ができるか考えていきたい。

    藤田商店(気仙沼市) 藤田純一さん
  • かつての日常 必ず戻る

    東日本大震災を体験しているわれわれにとって。能登地震は人ごとではない。日本中はもちろん、海外の人たちも被災地を応援している。直接支援に行けなくても、心の中で応援している。今はつらくても、復興を諦めないでほしい。諦めなければ、時間はかかるかもしれないがかつての日常は戻ってくるはずだ。

    おひさま村(宮城県山元町) 鈴木仁一さん
河北新報社3.11企画特集PDF