【石母田星人 選】
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斑猫や奥穂高岳どの方位 (石巻市吉野町・伊藤春夫)
【評】斑猫(はんみょう)は緑や赤色で金属質の光沢をもつ小さな昆虫。地面の近くを飛んで着地しては、複眼で周囲をうかがう。人がそばに寄ると前方へ飛ぶ習性があり、その姿から「道おしえ」とも呼ばれている。この句、その斑猫に北アルプス奥穂高岳の方角を尋ねている。きっと丁寧に案内をしてくれたのだろう。固有名詞が効果的に働き、斑猫の姿も遠くの山も鮮明に見える。
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僧の説く多面菩薩や夏館 (石巻市南中里・中山文)
【評】夏障子やすだれなど夏らしい装いの家で僧の話を聴いている。部屋に面した庭には小さな作り滝や池も見えかすかに音が聞こえる。「十一面観音菩薩はあらゆる方角に顔を向けて、救いを施してくれる」と教えを説く老僧。その衣もまた涼しげだ。
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深緑のかぶさつてくる山の宿 (石巻市北上町・佐藤嘉信)
【評】部屋の窓を開けた瞬間の感動をそのまま句に仕立て上げたのだろう。怖いほどの山の深緑が迫ってきたのだ。中七「かぶさつてくる」はまさに実感。
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ちゃんばらでひかり斬り合ふ盛夏かな (東松島市矢本・紺野透光)
【評】「ちゃんばらでひかり斬り合ふ」は子どもの頃の回想ではない。「夏」の比喩、中でも換喩に近い表現。強い日差しの中に斬り合う音が聞こえたのだ。
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夏うぐひす外湯めぐりの下駄の音 (石巻市桃生町・西條弘子)
山路来てあぢさゐ青を深うせり (石巻市桃生町・佐々木以功子)
あじさいの園や浄土の心地して (石巻市広渕・鹿野勝幸)
紫陽花の水面に重く風を聴く (仙台市青葉区・狩野好子)
紫陽花や市松模様の頬被り (東松島市新東名・板垣美樹)
駄菓子屋の壁に昭和の団扇掛 (東松島市矢本・雫石昭一)
咲きのぼる玄関脇の立葵 (石巻市小船越・芳賀正利)
深夜聴く世界の天気蚊遣香 (石巻市中里・川下光子)
ふるさとの碁石岬や夏かもめ (石巻市蛇田・石の森市朗)
梅雨晴間海深くして黙黙と (石巻市門脇・佐々木一夫)
一電車遅らせて乗る青田風 (石巻市向陽町・佐藤真理子)
復興の土の匂いや青田風 (東松島市野蒜ケ丘・山崎清美)
さくらんぼ種飛ばす人鳥の顔 (東松島市赤井・茄子川保弘)
恋すればうつくしく見る梅雨の月 (東松島市矢本・菅原れい子)
合歓の花表札の頭に義息の名 (石巻市開北・星ゆき)
明け易し媼癒しのアイマスク (石巻市中里・鈴木きえ)