【佐藤 成晃 選】
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夏雲のぶ厚き壁に写し描(か)く椰子(やし)の浜辺と鮪(まぐろ)の海と (石巻市駅前北通り・津田調作)
【評】分厚い夏雲をカンバスにして南洋の風景を描こうとしている作者。青壮年時代に働いた南洋での生活を、夏雲を背景にして思い出そうとしているのです。下の句の流れが何とも言いようがありません。「椰子の浜辺」からは漁労のあいまのひと時を、「鮪の海」からは厳しい船上での漁労が見える佳作です。命や生活が懸かっていたかつての人生の一コマ。今の自分を支えてくれる一コマなのかもしれません。
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時を刻む柱時計は半世紀を言わねど繋ぐ母から私へ (東松島市赤井・佐々木スヅ子)
【評】50年間、時を刻んできた柱時計。長い振り子がゆったりと揺れて時刻を教えてくれた柱時計です。時を刻む音以外は何も語ってくれない時計ではありますが、この50年の間、母から私へと繋がれてきたものは少なくないのです。もしかしたらこの柱時計が仲立ちをしてくれたのかも知れません。見つめていると、柱時計は母のようでもあり、この家庭を見つめながら守ってきてくれたのかも知れません。家財に寄せる温かなまなざしが母へとつながる魅力的作品です。
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ジェネリック医薬品をばのぞみます来世逝きにも路銀のかかれば (石巻市恵み野・木村譲)
【評】「ジェネリックス」とはいわば薬のレジェンド、名を成した先輩薬のこと。新開発の薬よりは「安く」患者に渡ります。高齢になると医者からもらう薬が増えてきます。1カ月間の薬代も馬鹿にはできません。あの世へ行くのにも金がかかるんだから、と小さな笑いのような気分をまぶしながら、つましい生活での節約を歌っています。誰もが言わずに思っていることを「77」の中に収めたわざに目を惹かれました。
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お土産の根付(ねつけ)の猿に嵌(は)めてあるレンズ覗けば観音御座す (石巻市駅前北通り・庄司邦生)
海の日もいつしか遠くなりにつつ腕の潮味今も薄れず (石巻市門脇・佐々木一夫)
傷つけし中指痛めば歌詠みの五指の心が中指へ向く (石巻市開北・星ゆき)
娘(こ)の孫もバッパと我を呼んでいるひ孫もバッパと言いつつ膝に (石巻市丸井戸・大友友子)
短歌友(うたとも)がまた遠くへと旅立ちぬわが歌ごころまで連れて逝きたり (石巻市高木・鶴岡敏子)
貯水池の濃度濃くなる感じにて暑き夕べのセシウムの雨 (女川町・阿部重夫)
孫曾孫(まごひまご)三人並んで七夕の飾りを作る時間(とき)を忘れて (石巻市中央・千葉とみ子)
仮設跡に取り残されし紫陽花が霧に濡れてる人待ち顔に (石巻市蛇田・菅野勇)
真っ白にふっくら伸びし一夜茸(ひとよだけ)森の妖精一日(ひとひ)の命 (東松島市矢本・川崎淑子)
梅雨の午後さし行く傘のとりどりに映えて彩(いろ)増す長井のあやめ (石巻市南中里・中山くに子)
北上の葦の河原の津波疵(きず)癒えてヨシズはあまたの家に (多賀城市八幡・佐藤久嘉)
毎朝の食卓彩る野菜群畑の恵みに両の手合わす (東松島市矢本・奥田和衛)
幼き日寺で踊った盆踊り住職様も笑顔で輪の中 (石巻市丸井戸・高橋栄子)
「経過良し」の医師の話を聞く二人笑い堪えて頷(うなず)きながら (石巻市北村・中塩勝市)
友の土産花がら模様の匂い袋便りのようにほんのり香る (石巻市須江・須藤壽子)
この辺り一面田んぼだったはずニョキニョキ復興住宅並ぶ (石巻市向陽町・中沢みつゑ)
うつむいて時の流れを語るごと苧環(おだまき)の青こころ澄むまで (石巻市蛇田・千葉冨士枝)