【佐藤 成晃 選】
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先行きを思えばこころ暗くなる老いてゆくのがこんなに辛い (石巻市向陽町・中沢みつゑ)
【評】これから先のことを思えば希望などは持てない毎日だと嘆く作者。下の句の「生きていくのがこんなに辛い」と口語で本音をぶちまけたところに、この歌の「心」があるのでしょう。長生きをお祝いする言葉や行事が色々ありますが、たくさんの家族が共同作業でもするように生きていた時代だったからこその言葉・行事だったのか。核家族は、「長生き」の意味を変えてしまったのだろうか。長生きを嘆く歌が増えてきた。
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この家を訪(おとな)ふことなく逝きし父黄泉(よみ)にて独りの早や三十年 (東松島市矢本・川崎淑子)
【評】結婚後何年か経って、生活に余裕ができたとき、自分の家を持つことができたのだろうか。思えば父は一度もこの家に来ることはなかった。早々とあの世へ逝ってしまった。あれから早くも30年。「独りの早や30年」ですから、お母さんのその後の淋しい健在なども読めてきます。2、3回前のこの「短歌」欄で、お母さんが石巻日赤で亡くなったことを詠んだ佳作を味わった記憶があります。
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ユウスゲは黄泉(よみ)の庭でも黄の色かと問えばしみじみ妻のうつしえ (東松島市大曲・阿部一直)
【評】亡くなった連れ合いの遺影に向かって尋ねている作者。「黄泉の国でもユウスゲは黄色に咲いているのか」と。まさにこの世の物とも思えないほどの美しい黄色のユウスゲ。作者の質問に対する答えはどうか。「しみじみ」という言葉しかないのです。作者には分かり切った答えなのでしょうが、読者もまた作者に負けないような答えを探さねばならいのです。その奥深さを漁(あさ)るのが鑑賞の醍醐味です。
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大切に使いし辞書に「原発」も「廃炉」も無くて穏やかなりし (石巻市流留・大槻洋子)
蛍火を蚊帳(かや)に放して眠りたる兄も妹も彼岸の人ぞ (石巻市南中里・中山くに子)
山ぎわのここは徐行のひとところ叔母・いとこらの真上の国道 (石巻市恵み野・木村譲)
我が短歌掘っ立て小屋の感があり練りて書くほど小さくなりぬ (石巻市駅前北通り・津田調作)
坂道を駆けて来たよと教室の入り口に立つ子の汗眩(まぶ)し (石巻市桃生・米谷智恵子)
桃生耕土反収(ものうこうどたんしゅう)一位を誇ったがいまは食味で特Aランク (石巻市桃生・三浦多喜夫)
台風を追うがに旅に出でたるが足りし面輪にみやげ持ち来ぬ (石巻市向陽町・後藤信子)
住みし人今幸せに暮らせるや仮設住宅に褪(あ)せたカーテン (石巻市駅前北通り・工藤久之)
その昔野なかの墓地に眠りたる祖(おや)たち今や市街地の中 (石巻市駅前北通り・庄司邦生)
記憶たどるよすがに「震災前?震災後(あと)」とカギかっこ付けいつも確かむ (石巻市開北・星ゆき)
嵩上(かさあ)げに削る里山肌見せてダンプせっせと破線に結ぶ (多賀城市八幡・佐藤久嘉)
凡庸(ぼんよう)な日常こそが非凡だと思えど私はただの凡人 (東松島市赤井・佐々木スヅ子)
小雀のベランダに来てチョンと跳ねチュンチュン啼いてやがて飛びゆく (石巻市中央・千葉とみ子)
大空に花咲く花火見てますか あなたは天から私は下で (石巻市水押・佐藤洋子)
岩を打ち空気震わす波音よ神割崎は今も変わらず (石巻市大門町・三條順子)
薄紅(うすべに)をさして笑顔のバラの花思い出つなぐ今年は五輪 (石巻市蛇田・菅野勇)
打ち水でひんやり風を呼び込んで猛暑ひと時涼の快感 (石巻市不動町・新沼勝夫)