【石母田星人 選】
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翡翠の掠めし水の華麗なり (東松島市矢本・紺野透光)
【評】翡翠(かわせみ)は、青き宝石と呼ばれるほど美しい鳥。この句のポイントは「掠めし」という過去形の表現。この言葉で目の前に翡翠がいないことを語っている。素早い動きで急降下し水を掠めて行ったのだ。水面に飛び去った影が映っているはずもない。だが、残像という強い印象が作者の心を動かして、渓流の水の面を一段ときらびやかに感じさせたのだ。
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万緑の岩を流るる鳥の唄 (東松島市矢本・雫石昭一)
【評】万緑の中のこの岩は、何十万年もの間ここに鎮座している。その間、移り変わる天候や動・植物の動きなど地球上全ての息遣いを感じて過ごしている。きょうは珍しい鳥が自慢の唄を聴かせにやって来た。「岩を流るる」の表現が時空の広がりを感じさせる。
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終戦日あの時案山子何を見た (石巻市吉野町・伊藤春夫)
【評】田んぼの案山子に語りかけているようだが、本当は困難な時代をくぐり抜けた少年の自分に問うている。74年の時が過ぎても下五の疑問が新鮮に響く。
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夏つばめ飛翔の似合ふ大河かな (多賀城市八幡・佐藤久嘉)
【評】普通の燕は春から夏にかけて2回産卵する。今は二番子を育てる時季。餌を探すために飛び回る。その姿は大河の懐に飛び込んで行くように見える。
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青梅の転がる先に鳥の声 (石巻市中里・須藤清雄)
切通し抜け来る風と夏つばめ (石巻市小船越・芳賀正利)
天を向く蓮華のまろし古刹かな (仙台市青葉区・狩野好子)
補聴器を外して秋の海の底 (東松島市新東名・板垣美樹)
涙とも汗とも孫のユニホーム (石巻市広渕・鹿野勝幸)
父母逝きて誰の娘や雨蛙 (石巻市開北・星ゆき)
亡き母にやわらかく炊く豆ご飯 (石巻市向陽町・佐藤真理子)
七月や商業捕鯨のくじら刺し (石巻市蛇田・石の森市朗)
炎昼や溶接火花加はりぬ (東松島市あおい・大江和子)
ひざまづき草引きはげむ婆の業 (石巻市中里・鈴木きえ)
ほつれ網雨に踏んばる女郎蜘蛛 (東松島市矢本・菅原れい子)
老鶯の谺し聞こゆ里の墓 (石巻市南中里・中山文)
戒名となりし友にも百合香る (石巻市渡波町・小林照子)
五月雨の濁流うずまく大河かな (石巻市三ツ股・浮津文好)
金魚すくい袖を濡らして帰り来る (石巻市中里・鈴木登喜子)
子が燥ぐ夕立晴の水たまり (石巻市のぞみ野・阿部佐代子)