短歌(9/22掲載)

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【佐藤 成晃 選】

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みちのくに飢饉に泣いた碑のありてヤマセの風が耳鳴りのよう  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

【評】かつてこの地に飢饉のあったことが目の前の石碑に刻まれているのです。悲惨な事件を石碑に刻んで後世に伝えてきたのです。津波に関する石碑も海沿いの集落には多いのではないでしょうか。さて、その石碑を読みながら無残な過去に思いをはせている上空を、「飢饉」の元凶であったヤマセが吹き下ろしてきたのでしょうか。耳鳴りのように頭の中を吹き荒れてよぎる思いに襲われたのでしょう。石碑の前に立ち尽くす作者像が見えるようです。

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他愛ない言葉を交わす妻の居てこの世の幸を胸にたたみぬ  (石巻市駅前北通り・津田調作)

【評】「他愛ない」と言い「胸にたたみぬ」と言う二つの否定的な内容を表記しながら、実は否定ではなくていつの間にか「妻の存在」の有用性をじわじわとにじませる「方法」を発見したのではないか。空気みたいな存在が最高と言われたりします。そんな関係の「幸せ」を大声で言うのではなく、ましてや奥様に向かって「ありがとう」と言上げをするのでもない作者の「生き方」にひかれました。

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夕暮れの蜩(ひぐらし)ゼミの声途絶え秋を半ばのそよ風沁みる  (石巻市桃生・大友雄一郎)

【評】一首から受ける印象はやわらかな感じです。「ひぐらし」は秋の象徴です。そこを吹いてくる風は「そよ風」です。気持ちのいい風として「そよ風」という言葉を私たちは使っているのですが、作者は「そよ風」が「沁みる」と言ってます。このちょっとした違和感に季節の変わり目を捕えようとする意識が読めるのです。気持ちのいい時に使う「そよ風」を「沁みる」と表現する素直な皮膚感覚がこの一首を佳作にしあげたのだと思います。

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食卓のチリ紙眼(まなこ)におしあてて朝のドラマを見るも齢(よわい)か  (石巻市恵み野・木村譲)

懸命に生きた証しを思い出す十年日記の泥をめくれば  (石巻市渡波町・小林照子)

眠る海起こさぬようにそろそろと仕掛ける網が碧(あお)く沈みゆく  (石巻市門脇・佐々木一夫)

本堂に妙鉢(みょうはち)の音響くなか遺族の席に曾孫(ひまご)はお絵描き  (石巻市中央・千葉とみ子)

軒下に七輪(しちりん)囲むバーベキューさんさしぐれか夏は過ぎゆく  (石巻市北村・中塩勝市)

「氷」とう青地の旗に赤き文字幼き頃の夏日なつかし  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

柿の木の雨・風・日差しの八年目花も咲かずにまた葉を落とす  (石巻市水押・阿部磨)

猛暑過ぎ杜の都は蝉しぐれ我も一息木陰のベンチに  (仙台市青葉区・岩渕節子)

低空の飛行訓練始まりぬ航空祭の近づき来れば  (石巻市丸井戸・松川友子)

熊蝉の鳴きて尽きしや裏返りたくさんの蟻(あり)の列なす中に  (石巻市南中里・中山くに子)

ああここで全て投げ出し無になりてしばしの時を眠りていたし  (石巻市向陽町・中沢みつゑ)

写真見て幼き頃を思い出すランニングシャツに下駄はきパンツ  (石巻市桃生・三浦多喜夫)

病院の庭に一輪紫陽花(あじさい)のうすむらさきが秋風に揺れ  (仙台市青葉区・浮津文好)

ふるさとの池に写りし秋の月まぶたに浮かぶ眠れぬ夜は  (仙台市泉区・米倉さくよ)

夏空に喚声(かんせい)あがる甲子園一投一打の青春ドラマ  (石巻市わかば・千葉広弥)

籠峰山に巨大風車が仁王立ち暮らし支える灯り送ると  (石巻市不動町・新沼勝夫)

喜右衛門は於節と駆け落ち逃避行北上町の女川事件  (東松島市矢本・奥田和衛)