【石母田星人 選】
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帰雁百夜明けの空を揺らすごと (石巻市相野谷・山崎正子)
【評】石巻の川か沼で避寒していた雁たちが帰って行く光景だ。中七以下の「空を揺らすごと」は決して大げさではない。夜明けの空を背景にこれから長旅に挑む彼らには、幾多の試練が待つ。見上げる者を圧倒するほどたくましくなければ生きてはいられない。
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夕東風や混み合うバスのしんとして (仙台市青葉区・狩野好子)
【評】仕事帰りのバスだろうか。季語「夕東風」の情趣に包まれた車内が浮かぶ。だが、全員がマスクを離せぬ今春の句となると少々趣が違う。例年の春なら気にならない中七以下の表現には妙なリアリティーがある。この感覚は、夕東風の持つ味わいを消し去ってしまう。このように季語の情趣までむしばんでしまうウイルスが憎い。特に学習会の中止はまことに残念。
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静寂をひとりじめする風車 (東松島市矢本・雫石昭一)
【評】かざぐるまは盛んに回転しているときは淡い色合いで、止まると鮮やかに彩色された物体になる。上五中七の表現は動きを止めた一瞬の描写と読んだ。
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雁風呂に暖をとりたし帰り道 (石巻市北上町・佐藤嘉信)
【評】帰雁の後、残された木片で焚くのが雁風呂。木片は雁が渡りの途中、海に浮かべ休むためくわえて来た。残された木片は死んだ雁の数とされている。
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枯蘆の刈られ北上川暮るる (石巻市桃生町・西條弘子)
春の風北上大河の尻を押し (多賀城市八幡・佐藤久嘉)
如月や薄紙のごと村包む (東松島市矢本・紺野透光)
如月や薔薇の便箋一枚目 (石巻市中里・川下光子)
啓蟄や起床知らせる電子音 (石巻市小船越・芳賀正利)
春の雪竹の袂の竹人形 (石巻市小船越・三浦ときわ)
山茶花や白山通りに紅散らす (石巻市桃生町・佐々木以功子)
風車畑に刺してもぐら除け (石巻市広渕・鹿野勝幸)
鐘の音にちらりほらりと梅開く (石巻市蛇田・石の森市朗)
無ではなく有という字の種を蒔く (石巻市丸井戸・水上孝子)
もうやれぬ母へ白粥ぼたん雪 (石巻市開北・星ゆき)
寒凪や海苔積む船のゆらゆらと (石巻市門脇・佐々木一夫)
冴え冴えと水琴窟に冬の月 (東松島市矢本・菅原れい子)
青き踏む進路決まりし十八歳 (石巻市中里・上野空)
ブルースとジルバとルンバ猫の恋 (東松島市野蒜ケ丘・山崎清美)
寺カフェのシフォンケーキや春きざす (東松島市矢本・菅原京子)