【石母田星人 選】
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追悼の山へ海より春の虹 (石巻市相野谷・山崎正子)
【評】大震災追悼の日。地震発生の時刻に合わせるように海の方角に大きな虹が懸かった。宮城県内の各自治体の式典は中止や縮小になった。残念なかたちになったが、犠牲者を悼む気持ちに何ら変わりはない。その気持ちに応えるように現れた春の虹。去年に続き姿を見せてくれたアーチに手を合わせた人も多かっただろう。季語「春虹」は淡くはかない情趣を醸すものだが、この句では被災9年の思いも重ねてくっきりと描かれている。深い祈りの句だ。
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春隣振り子のようなオランウータン (東松島市新東名・板垣美樹)
【評】春隣は晩冬の季語で、近くに春が来ているというニュアンス。オランウータンが木にぶら下がって移動する様子を捉えた中七と、春の躍動が呼応する。
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蛇穴を出づ天空の五色の輪 (東松島市矢本・雫石昭一)
【評】地中から表に出てきた蛇が空を見上げると、五色の輪が描かれていた。辺りが歓声で沸いている。目覚めた蛇の驚きと自らを重ねた。俳味あふれる句。
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春風にひと押しされてホールインワン (石巻市吉野町・伊藤春夫)
【評】このひと押しはほかの季節の風ではできない芸当だ。春風はいい。肌で春を感じることができ心が弾む。五輪マークを崩すほどの暴風は困りものだが。
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耕すや日差しのころぶ鍬の先 (石巻市広渕・鹿野勝幸)
野を焼けば山彦もまた生き返る (東松島市矢本・紺野透光)
春暁の障子の桟のむらさきに (石巻市小船越・三浦ときわ)
長閑さや二つの影の寄り添ひぬ (石巻市丸井戸・水上孝子)
北上川の流れを溜めて春夕焼 (石巻市桃生町・佐々木以功子)
三陸の帰雁に夕日柔かし (石巻市蛇田・石の森市朗)
九年経て軒下ひそと草青む (仙台市青葉区・狩野好子)
弥生野へ被災の刻を報す鐘 (石巻市桃生町・西條弘子)
過去帳やページ幾重に震災忌 (多賀城市八幡・佐藤久嘉)
お清めの塩を四隅へ春うらら (石巻市北上町・佐藤嘉信)
投函の音たしかめておぼろ月 (東松島市矢本・菅原れい子)
亀鳴いて句座の一人となりにけり (石巻市中里・川下光子)
鳥帰る水面に泡の筋残し (石巻市南中里・中山文)
里浜の漁待つ投網春夕べ (石巻市元倉・小山英智)
工房の木彫りふくろう山笑う (東松島市野蒜ケ丘・山崎清美)
丸刈りの卒業アルバム笑顔かな (石巻市渡波町・小林照子)