【石母田星人 選】
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風呂場より大きく響く卒業歌 (石巻市中里・鈴木登喜子)
【評】今春の卒業式は軒並み中止や縮小になった。風呂場に響いているのは練習を重ねた卒業歌。中七の「大きく」が深い。この語には卒業子の元気な様子とともに、式で歌えなかった寂しさもこめられている。
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道化師の小(ち)さきハモニカ地虫出づ (東松島市新東名・板垣美樹)
【評】下五の季語「地虫出づ」は、地中に冬眠していた生き物が春の兆しを感じて地上に出てくること。地虫とは本来、甲虫類の幼虫のことだが、この季語の場合はアリなどの虫だけではなく、ヘビやカエルなど地中に眠っていた生き物全てをさしている。この句の上五中七からは、運動会の駆けっこのときに流される軽やかな曲「道化師のギャロップ」が聴こえてくる。地上に姿を現した命の輝きを春の旋律が包み込む。
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さまざまな音を流して川おぼろ (東松島市矢本・菅原れい子)
【評】春の昼は「霞(かすみ)」で夜になると「朧(おぼろ)」になる。この句は夜の景。「さまざまな音」とは水や風などの自然の音だけではなく、心に浮かび上がる音もさす。
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園庭に流れるピアノ桜まじ (仙台市青葉区・狩野好子)
【評】桜まじは桜が咲く頃に吹く南風のこと。人のいない園のそばを通るとピアノの音が聴こえてきた。やがてピアノの音は柔らかな風にさらわれてゆく。
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城濠を埋めて静もる花筏 (東松島市矢本・紺野透光)
花盛り見上ぐる宙の翳りかな (石巻市丸井戸・水上孝子)
さくら散る地球の他に行き場なく (石巻市蛇田・石の森市朗)
花曇顔映るまで磨く匙 (石巻市吉野町・伊藤春夫)
花冷や人まばらなる日和山 (石巻市小船越・芳賀正利)
ひとりごとひときは赤きチューリップ (東松島市矢本・雫石昭一)
竹の子に言い分ありや土を突き (多賀城市八幡・佐藤久嘉)
擂鉢を待たせて一人木の芽採り (石巻市門脇・佐々木一夫)
桃の花宮古の島の空と海 (東松島市野蒜ケ丘・山崎清美)
葉の香り嗅ぎつつ母と桜餅 (石巻市中里・川下光子)
その生涯笑ひ一徹春に逝く (石巻市開北・星ゆき)
コロナ禍や予定消えうせ春炬燵 (石巻市南中里・中山文)
畦塗りやコロナウイルス塗りこめよ (石巻市広渕・鹿野勝幸)
腰痛を車に乗せむ山ざくら (石巻市恵み野・木村譲)
小さき芽生命育む春の雨 (東松島市矢本・奥田和衛)
転作の麦に囀る初雲雀 (石巻市桃生町・高橋冠)