【佐藤 成晃 選】
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三寒も四温も霧中のこの春は手作りマスクにため息ばかり (石巻市開北・星ゆき)
【評】「三寒四温」は春が近づいたことを言う気候用語。コロナウイルスでこれからどうなるのか、いつ終息するのか、さっぱり見当がつかない、いわば「霧の中」。マスクも手に入らないので手作りのマスクを掛けるようにしたが、マスクの中に溜まるのは「ため息」ばかり。困り果てての生活もためいきばかりで解決策がない、実に鬱陶しい毎日を強いられてきた。コロナのために一変してしまった日常生活を己の言葉で詠みとった佳作である。
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桃太郎と中型トマトの十六本マスクを外す五月の菜園 (石巻市恵み野・木村譲)
【評】「タキイ」のホームページでいろいろと教えられる。「桃太郎」は大玉ピンク系のトマト。その「桃太郎」のほかのトマトを合わせて十六本の苗を植えつけたのだろうか。畑仕事が一段落したところでの深呼吸の場面かも知れない。下の句が実に深々とした解放感を味わわせてくれる。マスクを外しての深呼吸。マスク漬けの生活の或るところで、マスクを外すことができたのだ。「桃太郎」の名前から、岡山県の施設で開発した品種なのか、などと余計なことを考えたりした。
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母の味しっかり継いだ義妹(いもうと)のぼたもち届く彼岸の中日 (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)
【評】実家の味を継いだ「義妹」。つまり、弟のお嫁さんということ。感謝したくなるほど、母の味をすっかり受け継いだ弟のお嫁さんへの感謝の心が詠みこまれた一首。しかも、今日の彼岸の日に届いた「ぼたもち」の味は、亡くなった母の味その物だ。子供である自分たちは他家へ嫁いでしまったその穴を完璧に補完したお嫁さんへの「感謝」以外の何物でもない。「ぼたもち」を仲立ちにして母親・娘・嫁の関係を明るく生き生きとまとめた一首である。
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島に生まれ海一筋の我なれば船子の短歌(うた)を編むしか無くて (石巻市駅前北通り・津田調作)
冬眠中あるいは起こしてしまいしか白蛙の出ず草取りおれば (石巻市向陽町・後藤信子)
わが田んぼ遥か岩手の水を引き気がかりもなく田植を済ます (石巻市桃生・三浦多喜夫)
嵐あとマストに止まる鳩一羽シナ海沖でエビ引く船に (石巻市水押・阿部磨)
マスクにと浴衣解(ほど)けば樟脳(しょうのう)の匂いと大漁踊りの熱気 (石巻市羽黒町・松村千枝子)
窓の外は虎落笛(もがりぶえ)泣く春嵐鳩も宿借る我がベランダに (石巻市三股・浮津文好)
よもぎ摘む手に付きし匂い搗(つ)きたての餅(もち)思わしむ家路を急ぐ (石巻市駅前北通り・庄司邦生)
小流れに桜は淡く散りゆけりふしぎなほどの重さも見せて (石巻市桃生・佐藤国代)
若葉へと木々の新芽は衣替え深く吸い込む風萌黄色 (石巻市丸井戸・高橋栄子)
しばしばも心に砂の湧き上がる一人留守居の孫を思えば (石巻市流留・大槻洋子)
還暦の最初の散歩は膝を上ぐ筋トレジムの休業続けば (石巻市駅前北通り・工藤幸子)
たんぽぽを袋いっぱいに持っている児らの笑顔にコロナを忘る (石巻市須江・須藤壽子)
菜の花や食よし句よし花見よし黄色の可憐に癒されており (石巻市渡波町・小林照子)
生きているただそれだけで疲れると言いし祖母(ばあ)さん今なら解かる (東松島市赤井・佐々木スヅ子)
朝食に酢味噌で和(あ)えし山独活(やまうど)の美味しく食みて友に感謝す (石巻市桃生・千葉小夜子)
校庭の花壇に咲いた春の花授業再開子供らと待つなり (石巻市水押・佐藤洋子)
乗り物は船だけだったその昔芭蕉は徒歩でみちのくの旅 (東松島市矢本・奥田和衛)