【石母田星人 選】
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夏近し父に肩貸すこと一度 (石巻市小船越・芳賀正利)
【評】風の匂いや揺らぐ光に初夏の気配を感じる。そんなとき決まって父を思い出す。それも父の重さを受け止めた記憶だ。どんな場面だったのだろう。父は晩年だったのだろうか。作者の緊張も伝わってくる。中七以下は事実だけを詠んでいる。中でも「一度」が味わい深い。一度だけだから脳裏に焼き付いている。作者にとってこの時季の風や光は、追慕の思いに連結するスイッチなのだ。
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花は葉に何時か一人となる命 (石巻市吉野町・伊藤春夫)
【評】桜の木を眺める作者。飛花落花の後、すぐに桜しべを降らせ若葉へと姿を変える。作者にはそれが慌ただしく見えた。人の命も同様なのだろうか。桜の木の変容を通して人生的な観想が詠み込まれている。
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駐在の忌や村中に夏の霧 (東松島市矢本・紺野透光)
【評】下五の季語「夏の霧」に、村の人々の思いを語らせている。生前の駐在さんの人柄が見えてくる。誰にでも優しい村のヒーローだったに違いない。
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図書館のそっと開きて夏きざす (石巻市渡波町・小林照子)
【評】感染防止のため閉館していた図書館が再開になった。それでも貸し出しの限定など、窮屈な制約がいっぱい。その全てを中七「そっと」が語っている。
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霾風に乗りて胡弓の音聞こゆ (石巻市丸井戸・水上孝子)
しつとりと白磁にそそぐ新茶かな (仙台市青葉区・狩野好子)
何回も手洗いしている夏の夢 (石巻市広渕・鹿野勝幸)
砂浜の子らの足跡夏はじめ (東松島市矢本・雫石昭一)
落日の漁師つぶやく余寒かな (石巻市駅前北通り・小野正雄)
鶯やさみどりの声響かせて (東松島市新東名・板垣美樹)
懇ろに母の死化粧緑の日 (石巻市蛇田・石の森市朗)
春昼の指柔らかに粘土かな (石巻市門脇・佐々木一夫)
春昼の親子はなれてパフェの椅子 (石巻市開北・星ゆき)
食卓の彩り告げる春野菜 (東松島市矢本・菅原れい子)
被災地のソーラーパネル風光る (石巻市中里・鈴木登喜子)
上品山に風車廻りて山笑う (東松島市矢本・奥田和衛)
黒々の幹に花籠桜かな (石巻市中里・川下光子)
神割崎奇岩に吠ゆる夏の潮 (石巻市南中里・中山文)
初蝶来風に流され地を掴む (石巻市蛇田・高橋牛歩)
代掻や西日あつめて明日を待つ (石巻市のぞみ野・阿部佐代子)
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