【石母田星人 選】
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背山前山育ち盛りの雲の峰 石巻市相野谷/山崎正子
【評】育ち盛りとは本来、子どもの体が目に見えて成長する時期をさす。この句の対象は子どもではなく雲の峰。一見、懸け離れた言葉のようだが、この語の働きでせりあがる入道雲の動きが鮮明に見えてくる。
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青時雨主従の恋の口説かな 石巻市桃生町/西條弘子
【評】季語「青時雨」は、雨上がりの青葉から水が滴り落ちること。冬の季語「時雨」に見立てた言葉で日本人の豊かな感性が凝縮されている。この句、その青時雨のみずみずしさの向こう側に、ドラマチックな場面を捉えている。水滴に打たれてぬれたお節の髪。喜右衛門が優しく拭いている。悲恋の道行きの中にもきっとあっただろう、そんな相思相愛の姿を描いた。美しい季語は実景を超えた世界をも見せてくれる。
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郭公に誘はれて出る一歩かな 石巻市桃生町/佐々木以功子
【評】外出の機会が減った昨今。久しぶりに聞いた郭公。いつもなら哀愁漂う旋律だが、きょうは明るく「外に出ようよ」と言っているように聞こえたのだ。
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大夕立くの字しの字に坂の町 多賀城市八幡/佐藤久嘉
【評】「くの字しの字に」で雨の激しさと力強さが表現されている。この中七は、大夕立と坂の町の上下両方にかかっているように読める。立体的な構成だ。
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土手を越え草なぎ倒し梅雨出水 石巻市蛇田/石の森市朗
泥の背の黙の手びさし出水川 石巻市開北/星ゆき
草は黙われも黙して草を引く 石巻市広渕/鹿野勝幸
明易しさくりさくりと鍬使ふ 石巻市小船越/三浦ときわ
青芦原川面は太古の昔より 石巻市北上町/佐藤嘉信
盆僧の鎖骨あらはに老いにけり 東松島市矢本/紺野透光
復興の余韻かすかに遠花火 東松島市矢本/雫石昭一
児の椅子のきゆと鳴くなり柿の花 石巻市小船越/芳賀正利
唐突に会話さえぎる蝉の声 仙台市青葉区/狩野好子
ラジオ体操空かき混ぜて青楓 東松島市新東名/板垣美樹
行き先の決まらぬ海月ゆうらゆら 石巻市吉野町/伊藤春夫
水無月や水琴窟の音響き 石巻市丸井戸/水上孝子
遠雷や母のほくろを思ひ出づ 石巻市駅前北通り/小野正雄
お茶室の雨戸をとざす苔の花 東松島市矢本/菅原れい子
夏霧や西行戻しの松さやぐ 石巻市南中里/中山文
風鈴の音色懐かし鴨居かな 東松島市赤井/茄子川保弘