短歌(8/9掲載)

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【佐藤 成晃 選】

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老いてなお短歌(うた)に魅せられ紡ぎおりチョコ持ちながらの5文字7文字   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】あんまり力を入れなくても他人を感動させる短歌はできることの「例」として挙げる。長いこと短歌に携わってきていま「短歌」に関してこのように「言える」ことの幸せに目を見張っている。「5文字7文字」と具体的な数字を出して「短歌」を匂わせているところがまた心にくい。おチョコの酒にちょっとばかり心を解いて若いころの漁場に心を馳せてみたり、共に住む老妻にいたわりの感情を抱いて短歌にしたりする生活。若いころには思いもしなかった生活。心を文字にする魔法の世界を知った一老人の幸福な一面を見た思いである。

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連日の休暇もすでに十五年今日の明日の一人の食事   石巻市恵み野/木村譲

【評】コロナで学校が休みになって久しい。自分の場合はそれがもう15年にもなると言う。投稿歴から察するに、作者の奥方は病気のために入院されているか、施設に入って老後を養っておられるかの生活。それが15年も続いているのだろう。いかに同情すべきか言葉もない。作品の面白さは下の句にあるのではないか。「今日の明日の」の「の」「の」を重ねて使用することによって自分一人の食事ではあるがそれに追われるような気分が出てくるのである。最後の「一人の」「の」は「一人であることのわびしさをにじませる7音になっていて、手の込んだ秀作というべきだろう。

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飲む人の今は亡き酒出(だ)し酒(ざけ)にひと味旨味増した昆布煮   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】料理を作る主婦の立場の人にとっては当たり前のことだが、料理に日本酒を用いることはよくあることらしい。それによって料理が旨くなるからだ。ココの酒は生前の夫が飲み残していった酒だろうか。その酒を料理に注ぐ時の作者の思いをいろいろに想像してみて、その場面にひかれるのである。同じ遺品でも酒の場合は何か格別な感情が涌き出て来るものなのかも知れない。そこまでの思い入れをしながら鑑賞してみた。

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鮭漁を終いて帰りの知床(しれとこ)に沈む三日月神秘を眺む   石巻市水押/阿部磨

雨あがりし小庭の初花カサブランカ露纏う白あたりを払う   石巻市向陽町/後藤信子

花の色をいまだ知らざるアボガドは風にそよぎて無言で揺れる   石巻市大門町/三條順子

打ち寄せる波の調べに合わすごと揺れて落ちゆく浮き輪が一つ   石巻市門脇/佐々木一夫

神様もコロナ疲れか降水のバルブ調整狂いがちなり   東松島市赤井/佐々木スヅ子

ヤマユリの圧倒的なこの香りコロナの恐怖しばし忘れる   東松島市矢本/菅原京子

横顔はサクランボ食む笑顔なり山形県の天気予報図   石巻市中里/上野空

久々に聞く鶯の谷渡(たにわた)り歩みを止めて裏山に追う   石巻市桃生/千葉小夜子

長梅雨もコロナ自粛も吹き飛ばし胸に拡げる背戸の青空   石巻市駅前北通り/工藤久之

三密と足止めされる夏さ中乗物紀行でよき夏旅行   石巻市南中里/中山くに子

庭の雑草(くさ)取る手をちょっと休ませる何処から来たのかネジ花2本   石巻市蛇田/菅野勇

北上川(きたかみ)の溢るるほどの流れみゆ別れの近し郭公が鳴く   東松島市矢本/川崎淑子

在宅の単調に一人鏡の前わずかの宝飾に女を飾る   石巻市開北/星ゆき

甥婦届けてくれし捥ぎたての胡瓜かじれば亡夫の里の味   石巻市中央/千葉とみ子

震災の友の家跡にたとりつけば聞こえくる茶飲みの大爆笑が   石巻市渡波町/小林照子