【石母田星人 選】
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ウイルスの勢ひ増して秋暑し 石巻市広渕/鹿野勝幸
【評】極論すると俳句とは、感情や主観的な思いを極力抑え、心に触れた物に代弁させ、語らせるという形の抒情詩だ。短歌と違って、社会の現象を反射的に詠んでも作品になりにくい。そうは言っても、俳句も時代を写す鏡。表現の制約などがあっても、現状から意識を遠ざけることなく、遭遇した経験を懐深く沈潜させ含蓄させて作っていきたいものだ。この句、季語「秋暑し」の選択が見事。コロナ禍の現状を、厳しい残暑のイメージに重ねた。疲労感・倦怠(けんたい)感も乗る。
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向日葵の中に聞こゆる甲子園 東松島市新東名/板垣美樹
【評】コロナが奪い去ったものは数ある。アルプススタンドの大観衆もその一つ。向日葵の情熱の黄色を眺めていたら、沸き上がるあの歓声が聞こえてきた。
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此の夏の医療従事者余暇皆無 石巻市小船越/芳賀正利
【評】近くに医療従事者がいたらその大変さを訴えたいと思うだろう。報告調の一句だが、漢字の印象をうまく使い、異常な勤務実態を視覚的に訴えている。
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やはらかに朝を背負うて乱れ萩 東松島市矢本/雫石昭一
【評】乱れに風情があるという萩を目前に、「朝を背負うて」と詩情豊かに詠む。「やはらかに」は乱れ萩の状態とともに昨夜の強い風の存在も伝えている。
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大川の子らは海の子日焼の子 石巻市蛇田/石の森市朗
河骨の花の流れや鳥海山 石巻市吉野町/伊藤春夫
湯殿まで木犀匂ふ木賃宿 東松島市矢本/紺野透光
栗駒山に雲置かぬ日の大西日 石巻市桃生町/西條弘子
夕刻の玄関ノブに涼新た 多賀城市八幡/佐藤久嘉
若人のタイムに挑む涼新た 仙台市青葉区/狩野好子
新涼や間引き菜を胡麻和えにして 東松島市矢本/菅原れい子
水打つと風神そつと覗くなり 石巻市丸井戸/水上孝子
戻り鰹沸き立つ港波騒ぐ 石巻市門脇/佐々木一夫
心太おもてうらなく言ふ男 石巻市開北/星ゆき
物干に雨滴並ぶや今朝の秋 石巻市北上町/佐藤嘉信
一畝の鶏頭の影鬱々し 石巻市中里/川下光子
ふるさとや山百合の香のむせるほど 石巻市駅前北通り/小野正雄
高速道眠気覚ましの合歓の花 石巻市桃生町/高橋冠
湧き水をバシャバシャ歩く夏帽子 石巻市流留/大槻洋子
チュンチュンと群れて青紫蘇穴だらけ 石巻市広渕/佐藤由美子
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