短歌(9/6掲載)

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【佐藤 成晃 選】

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真昼間の暑さを避けて夕去りを出づれば烏揚羽(あげは)寄り来る   石巻市向陽町/後藤信子

【評】「言うまいと思えど今日の暑さかな」。こんな川柳が自然に口から出てくる。昨今の暑さは格別だ。作者は暑さの講釈はしていない。それを生活の仕方で述べているのが見どころか。用足しは暑い日中を避けて夕方にした。生活の知恵とでも言うべきだが、そこで予想だにしなかったものを目にする。「烏揚羽(からすあげは)」だ。だれかの化身だったのだろうか。「暑い」などというのは人間のさかしら。大きな喋々が寄ってきたのである。もはや「暑さ」などは感じないで自然と一体化した作者像を想像するだけだ。

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助手席へ卒寿の姉をともなへば古今混同ゆかいな墓参   石巻市恵み野/木村譲

【評】老姉弟の墓参りの一首。親が眠る墓地への向かう車中で、いろいろと思い出話に花が咲いたのかも知れない。ただし90歳の老いた姉さんの話は、時間の流れ通りではないところがあったのか、「古今混同」とうまくまとめ、しかも「ゆかいな」とも書く。親についての間違った記憶や話し方が、かえって親たちの特徴を言い当てていたかもしれない。「老いて」「間違う」と言えば何となく湿っぽくなるものだが、ここには湿っぽさがない。「老い」を上手に歌の世界で生かしたとでも言ったらいいか。佳作だと思った。

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老いて今夫の新盆のしきたりを確かめんうからやからのおらず   石巻市羽黒町/松村千枝子 

【評】夫がなくなって初めて迎えるお盆。「はじめて」だからそれなりのなさり方があるのかもしれない。ナスやキュウリの馬の向く方角はこれでいいのだろうか、などと気にしたら切りがない。誰かに尋ねたい気持ちでいっぱいだが、「うからやからやがら」がいないことに気づく。いないのは子供だけではない。大人がいないことに呆然としている作者が想像される。お盆の行事は、その家一家のためだけの行事でないのかも知れない。一族が集まってあれこれ知恵を出しながら祖先を偲ぶところに基本があるのかもしれない。

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昆虫に夢中になった夏休み小五は差し足忍び足して   多賀城市八幡/佐藤久嘉

香煙の揺らぐそのなか思い出す乘りたる船と時化(しけ)たる海と   石巻市駅前北通り/津田調作

蝋燭(ろうそく)は吹かずに手で消すこのしぐさ誰に習いし七つの曾孫(ひまご)   石巻市中央/千葉とみ子

初めての泊り客なき盂蘭盆や嫁して60年つのる侘しさ   石巻市桃生/千葉小夜子

児(こ)ら走る二階の足のドカスカを幸と聞きおり安普請さえ   石巻市開北/星ゆき

十字星右舷斜めに輝いて夜光虫飛ぶ東へ南へ   石巻市水押/阿部磨

相撲甚句「どすこい」「どすこい」唄いたるその友がらもおらずなりたる   石巻市桃生/三浦多喜夫

七年を地中に過ごし朝早く蝉は鳴くなり寝てはおられぬ   東松島市矢本/川崎淑子

緑陰もコロナのせいで楽しめずカンナの花咲くフラワーロード   仙台市青葉区/岩渕節子

祖母のこといつも話してくれた園児(こ)は笑顔のすてきな公務員に   石巻市丸井戸/高橋栄子

八十路まで生きて来たから悔いは無しと笑いて妻はオペ室に消ゆ   女川町/阿部重夫

この夏は声惜しみなくワイワイとなにげの会話をなつかしむ日々   石巻市大門町/三條順子

容赦なく空家と草は増え続け老いには勝てず鎌を休める   石巻市中里/八木寿子

久々に陽光浴びる梅雨明けの一目物干すベランダ数多(あまた)  石巻市わかば/千葉広弥