短歌(10/18掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【佐藤 成晃 選】

===

秋の川遡(さかのぼ)る鮭故郷(ふるさと)へ背びれ震わせ命を繋ぐ   石巻市水押/阿部磨

【評】孵化をさせた鮭を放流するテレビの映像はよく見かけるが、4年たてば遡ってくると言う。故郷の川の匂いを知ってのことだろうか。今興奮して遡上してきた鮭の群れを見ながら、生物の本能の前に驚いている作者を想像している。投稿の原作は「秋の川遡上(そじょう)する鮭」だったが「さかのぼる」に換えてみた。熟語をほぐしてみることも面白いと思う。はじめの思い付きにしがみつかないで、いろいろと書き換えているうちに「これだ」と太鼓判を押したくなる言葉にめぐりあったりするものだから。

===

海の短歌(うた)編めば網の目くぐりゆく助詞のひとつに迷う九十歳   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】下の句がこの作品を「短歌」たらしめているのだろうか。なかなかの表現になっていると思い、思わずマルを付けた一首である。助詞の使い方次第で歌の良しあしが決まるとも言われますが、網の目をこぼれるようにいい助詞が逃げていくと言う。言い得ていると思う。迷いの連続が作歌の本当の姿とも言えようか。いい助詞を逃がさぬように精進していただきたいものだ。有名な歌人の歌を沢山そらんじておくことが作歌の上達の近道だと思う。私は「詠(よ)むよりも読むことを」を目標にして歌を作っていきたいと思っています。「詠む」ことばかりでは自分の狭い自己流の世界に終わってしまいがちです。自分の目をもっと幅広く保ちましょう。

===

新米を噛(か)んで頷(うなず)く老い二人秋の深まりを食に味わう   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】老い二人の静かな秋の一コマである。とくに取り立てて云々(うんぬん)する部分はないのだが、この静かさに納得してしまう。歌は身の回りに転がっているとよく言われるが、その典型とでも言ったらいいか。ことに、私たち老い二人は「今が幸せ」であるなどと味付けをしなかったところで歌が生きたと言えると思う。これだけで、しあわせな老い二人を想像するのは易しい。

===

嫁ぎゆく娘に贈ったドレス地で縫ったレースのマスクが届く   石巻市丸井戸/高橋栄子

最近のテレビに映る大都市を蟻塚と見る乱視だろうか   石巻市恵み野/木村譲

叔父逝くも移動自粛に見送れず母と二人で在りし日偲ぶ   石巻市水押/佐藤洋子

難解な数独(すうどく)に挑めど答え出ず秋の一日イライラ過ごす   東松島市赤井/佐々木スヅ子

ビニールの薄い袋が開けられず悪戦苦闘のスーパー売り場   石巻市不動町/新沼勝夫

朝霧に山も市街も埋もれおり唯一光る車の尾灯   石巻市南中里/中山くに子

名も同じ生まれ月日も同じなる老人会の友との奇遇   石巻市中央/千葉とみ子

新米の炊き立ての香り思いつつ刈田を通る横文字の粥(かゆ)   石巻市羽黒町/松村千枝子

球根を貯金のように秋植える津波に減りし幾らか分を   多賀城市八幡/佐藤久嘉

野分去り天空に声を響かせて白鳥はまた伊豆沼に来ぬ   東松島市矢本/川崎淑子

錦木のほんのりピンクに色づきぬ富士冠雪に合わせる如く   石巻市蛇田/菅野勇

復興で生まれ変りしこの土地と以前のそれとどちらがふるさと   石巻市大門町/三條順子

本当に気のせいなのよ口紅(べに)うすく塗らば命もうすくありそうで   石巻市開北/星ゆき

叢林の松の老木切りたりて空には九月の空気が匂う   女川町/阿部重夫