短歌(11/15掲載)

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【佐藤 成晃 選】

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鳴く力無き機織(はたお)りの動くなく色鮮しきがことさら愛し  石巻市向陽町/後藤信子

【評】「機織り」は馬追(うまおい)とかスイッチョの仲間の昆虫である。その幼虫であろうか。まだ鳴く力もない幼さ。虫になったばかりで動く力もない。けれども、その色の新鮮さはは例えようがないのだろう。弱くて色鮮やかな幼虫に作者の視線は注がれている。「なく」(「無く」)が繰り返されて否定的な印象を強めて表現しながら「色鮮しき」という。強弱を計算されながらの作歌である。最後に「愛し」と作者の心情があからさまに述べられてしまったところが歌を弱めていないか。心情を隠しておいて「愛し」を漂わせてほしかった。

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以後五年生きると決めておずおずとすこし重たき日記帳買う  石巻市恵み野/木村譲

【評】店頭に日記帳が並ぶ季節となった。作者は「5年連用日記帳」を買ったのだろうか。5年連用だから、これから先5年間の毎日を記入することになる。日記帳をレジに持っていくまで、「今後5年間生きられるか」と内心で反芻する。この時の気持ちはちょっと複雑だが、私もそんなことを経験しながら日記帳を求めて来た。自分の毎日を書くことは作歌のきっかけになるかもしれない、そんな効用を期待しながらの購入であったが、自分の人生を振り返る「よすが」としてはなかなかのものかとも思う。

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ぼんやりと斎場への道思い出す彼岸花の赤揺れやまぬ道  石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】誰か身近な人との別れの時かも知れない。彼岸花が赤く揺れやまないところから、昨年亡くした主人との別れが詠みこまれた一首だと判断した。あの一大事のさなか、作者の記憶に残ったものは多くはないだろう。落ち着いてみるとそんな季節の花があったかもしれない。いまになって鮮烈に思い出されたのだろうか。主人と別れたあの道を彩ったものは真っ赤な彼岸花だった。改めて立ち止まってはその色を脳裏に留めている作者像を想像したりした。

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好物の柚味噌(ゆずみそ)なれど誤飲せしを今に思うも病みいし夫を  石巻市南中里/中山くに子

ボランティアの綴りしメモ紙捨てられず津波写真と共に八枚  石巻市大門町/三條順子

今は無い北洋漁業の鮭流し集結港の街の灯恋し  石巻市水押/阿部磨

群なして簗簀(やなす)に跳ねる落鮎(おちあゆ)の成瀬の川は秋深みたり  女川町/阿部重夫

稲刈りを終えた田んぼに青々とひこばえ生えて日をはじきおり  石巻市桃生町/三浦多喜夫

手も出せぬサンマの値札にたまげれば昭和の海が瞼(まぶた)に浮ぶ  石巻市駅前北通り/津田調作

大鍋にコトコト煮込むイチジクを何度もつまみ塩梅(あんばい)みるなり  石巻市水押/佐藤洋子

月光にソーラーパネルの照り映えて隣家は今宵宇宙船のごと  石巻市桃生町/佐藤国代

雁渡るいずこの塒(ねぐら)に帰るやらしばし見とれる山里(さと)の夕暮れ  石巻市飯野/川崎千代子

小刻みに運を使いて生ききしに傘寿になりて使いきる頃  石巻市門脇/佐々木一夫

水鳥の数増す日々や風寒し土手の坂道膝笑うなり  東松島市赤井/茄子川保弘

遠き日の吾子(あこ)のすがたに重なれり小学校の学芸会は  石巻市桃生町/米谷智恵子