短歌(1/31掲載)

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【斉藤 梢 選】

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ダイアリーさて今年はと書きかけてコロナ三文字わが身を縛る   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】新しい年を迎えて、新しい気持ちで開く「ダイアリー」。まだ何も書かれていない、白いページを前にして、こころ清しく、今年の抱負などを記そうとする作者。「さて今年はと」に思いがこもる。しかし、現実は下の句のような心情なのだ。「コロナ」という「三文字」に、心も身も縛られているという自覚。自由の未来を信じるしかないが、見えないウイルスへの恐れが、行動や思考を狭める。この一首に頷く人も多いのでは。作者の姿が見えるようだ。

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痩せ過ぎた叔母の腕、脛(すね)、顔かたち闘病五年百の手前で   石巻市桃生町/高橋冠

【評】命そのものを詠む。病と闘った五年の年月の一日一日の辛苦。直接的に感情は詠み込まれていないが、「叔母の腕、脛、顔かたち」を見つめている作者の眼差しが感じられる、声なき慟哭の一首だと思う。結句の「百の手前で」には、命を惜しむ気持ちと、命を愛しむ気持ちがこもる。この世に在った<生>の時間を残し、命の尊さをも伝えている。

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ゆで卵殻を剥けずにいらだちて今日ありし日を弱火で生きる   石巻市蛇田/千葉冨士枝

【評】日々の暮らしにある感情の起伏をあえて表現。実感の「剥けずに」がよくわかる。気持ちいいほどに、するっと剥けた記憶があるからこその「いらだちて」。「弱火で」という言葉の選び方が秀。そして、作品を結ぶ「生きる」には、鼓動を聞く思いがする。生きてゆくことへの智恵ある「弱火で」ではないかと。

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大舞台白テープ切るランナーに歓声はなくシャッターの音   石巻市水押/佐藤洋子

【評】第97回東京箱根往復大学駅伝競走が一月二日と三日にわたって開催された。この「箱根駅伝」を毎年楽しみにしている方も多いだろう。217・1キロを走る懸命な姿が胸を打つ。コロナ禍ゆえの「歓声はなく」の今年。声援が飛び交い、歓声が走者の背中を押すことを知る作者。この一首こそ「歓声」なのだ。

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遠目して海見る老いの猫背には生きて苦労の重石がかかる   多賀城市八幡/佐藤久嘉

雪中の南天たわわに枝垂るる若冲の鶏(とり)を思い描かむ   東松島市矢本/川崎淑子

菜の花を小皿に添えし春の膳淡き早みどり暫し眺めむ   石巻市蛇田/梅村正司

「春よ来い」妻が心で口づさむ子育て厳しき五十年前   石巻市蛇田/菅野勇

新しき精米器に米三合五分搗きにして年改まる   石巻市向陽町/後藤信子

宅急便受け取る時にふと触れし指の冷たさ外は雪空   石巻市大門町/三條順子

海岸(うみぎし)に住みつく鴎習性となりて水面を擦るごと飛ぶ   女川町/阿部重夫

大寒の紺碧の空間(そら)切り裂いてブルーインパルス春雷に似る   石巻市北村/中塩勝市

椋鳥に餌ついばまれ怒らずに優しく見いる我が家の愛犬   石巻市桃生町/西條和江

早く寝て早く起き出し散歩する夜の決意はみごとににぶる   石巻市高木/鶴岡敏子

コロナしか浮かばぬ頭で歌は無理少しアンテナ回してごらん   石巻市桃生町/佐藤俊幸

十年の生存率は少し伸び一滴なるを感謝して生きむ   石巻市流留/大槻洋子