短歌(4/11掲載)

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【斉藤 梢 選】

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名も知らぬ北上山地の峰に春山吹咲いて辛夷も咲いて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】咲く花を見て、季節を感じる人も多いだろう。この一首は作者の立っている場所と、視線の先にある光景を想像させてくれる。山吹の花は万葉集にも多く詠まれている。その黄色の花を万葉のひとびとは永遠の命を象徴する花と見た。そして、「辛夷」の白い花は北国に春の来たことを知らせる花。「名も知らぬ」という初句が印象的であり、「峰に春」の三句が春の喜びを伝える。下の句の「咲いて」のリフレインは、次々に咲く春の花の生命を謳っているようだ。言葉の置き方に工夫があり、韻律のよさに注目した。

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手を出せば飛び込んで来た幼女(おさなご)が医療の道へ羽ばたく四月   石巻市水押/佐藤洋子

【評】手を差し出せば飛び込んできた幼い女の子の成長を詠む。「医療の道」と「四月」の具体を詠み込むことは、「幼女」の今を未来に向けて残すことになるであろう。コロナ禍を働く医療従事者のことを思うと、この「幼女」の志を見守り応援したくなる。

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遺影となす写真を頼みに来る友のその心底をわれはきかざり   石巻市桃生町/三浦多喜夫

【評】友を思う気持ちが一首にゆきわたる。「心底」という重みのある言葉。「遺影」を頼みに来た友と作者の間に交わされた無言の情。声に出して言えないことも、言葉で表わして伝えられないことも、定型という器に入れて、このように心にしまい置くことができる。

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仕事終え妻と二人で飲むコーヒー砂糖は入れずに心を入れて   東松島市矢本/奥田和衛

【評】「妻と二人で」に読者もほっとする。いつも砂糖を入れているのに「入れずに」なのか、それとも砂糖ではなく敢えて「心を入れて」なのかと思いみるのは愉しい。日常のひとときを掬い上げた魅力的な一首。

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海の短歌(うた)編めば字数に止められて想いのままに語れぬが海   石巻市駅前北通り/津田調作

子らの声空に弾けてパッと晴れコロナ忘れて庭作りする   東松島市赤井/佐々木スヅ子

息子への荷より再び取り戻す幼き日々のアルバム三冊   石巻市開北/星ゆき

葉は凍てて半ば散りたる沈丁の蕾マックスに紅をさしたり   石巻市向陽町/後藤信子

軒下を小鳥飛び交う昼下り小雪ちらつき凍み大根揺る   石巻市桃生町/千葉小夜子

正月は帰れないよが終のことば友の男(お)孫がコロナで死すと   石巻市高木/鶴岡敏子

土手の法(のり)南の方から這ふやうに黄色の小波(なみ)が押し寄せ咲きぬ   石巻市桃生町/高橋冠

夕焼けの西空翔けるかげ黒き列なす鳥の小さくなりぬ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

記録というかけ替えのない保存法地方紙のすごさまざまざと知る   石巻市南中里/中山くに子

春まだき陽ざしを浴びる黒き土一鍬ごとに湯気立ちあがる   石巻市中里/大谷キク

余震にも帯広、東京、栃木から心配されてることに安堵す   石巻市恵み野/木村譲

青春の我武者羅だった強がりも年追うごとに角がとれゆく   石巻市不動町/新沼勝夫

春日和枝の蕾がふっくらと親に似ずとも可愛さ同じ   石巻市桃生町/佐藤俊幸

生業の側面を見る感じにて空家の裏にしげる山茶花   女川町/阿部重夫