俳句(4/4掲載)

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【石母田星人 選】

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避難する少女の小箱さくら貝   石巻市中里/川下光子

【評】今の世の中、避難所に行く際の非常持ち出し袋を用意していない家庭はないだろう。貴重品などの必要最小限のものを、リュックサックにひとまとめにして置いておく。それを家族みんなで背負って急ぐ。この句、最大震度5強の地震で津波注意報が出された3月の夜の光景だろう。やっとたどり着いた避難所。そこで目にしたのは少女がリュックから出したさくら貝の小箱。彼女にはこれこそが貴重品。押しつぶされそうな不安な気持ちを、貝の色で和ませてくれた。

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海に沿う松の幼木春時雨   仙台市青葉区/狩野好子

【評】沿岸各地では、歴史を持つ海岸林を復活させようと、松の苗木の植栽が進められている。春時雨にぬれる幼木。明るさとともに華やぎも感じられる。

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制服の名札新し風光る   東松島市矢本/雫石昭一

【評】徐々に陽光が強くなり、鋭かった風も弱まり光り輝いているように感じる。そんな感覚的な季語と制服の新しい名札の取り合わせ。まさに青春の息吹。

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なにか飛ぶ障子透かして春疾風   石巻市広渕/鹿野勝幸

【評】実際になにか飛んだのだろう。もしかすると深刻なのかもしれない。だがこの上五にはおかしみが感じられる。説明ではなく描写をしているからだ。

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赤べこの一人首ふる春炬燵   石巻市小船越/三浦ときわ

一段と物の影濃く彼岸過ぎ   石巻市小船越/芳賀正利

梅の香の闇に輪を画く火振舟   石巻市相野谷/山崎正子

鈴の名の川面しずかに蓮華草   東松島市矢本/紺野透光

声もなく雀こずゑに春しぐれ   石巻市桃生町/佐々木以功子

磯辺へと身を投げ出して春の海   多賀城市八幡/佐藤久嘉

うたた寝は父の領域葱坊主   石巻市吉野町/伊藤春夫

十年目勿忘草の色かすみ   石巻市門脇/佐々木一夫

葉の影のゆらりと動くうららなり   石巻市丸井戸/水上孝子

補聴器の小さきアンテナ春日傘   東松島市新東名/板垣美樹

水仙と陽の恵み受け友の墓   石巻市渡波町/小林照子

春ほこり献花の続く慰霊の碑   石巻市中里/上野空

被災せし三和土で茹でる菠薐草   石巻市中里/鈴木登喜子

大根干す仮設の生活ありし頃   石巻市蛇田/石の森市朗

手に余り叫ぶほかなき恋の猫   石巻市開北/星ゆき

春の土畑は俺を呼んでいる   東松島市矢本/奥田和衛