【石母田星人 選】
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携帯の文字ぼんやりと目借時 東松島市矢本/雫石昭一
【評】「目借時(めかりどき)」は、蛙(かわず)の目借時を縮めた言い方。晩春は蛙が人の目を借りてゆくから眠くなる、という古い俗説に基づく俳諧味ある季語だ。さまざまに解釈されているが、蛙の声の単調な旋律は眠気を催す、と捉えるのが自然だろう。電車内で詠んだこの句。音と揺れの単調な繰り返しを蛙の声になぞらえている。
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雪濁り押して押し出す大河かな 多賀城市八幡/佐藤久嘉
【評】雪が解けて川に流れ込む水を雪しろという。「雪濁り」はその雪しろによって川や海が濁ること。雪しろで水かさを増した大河は、土を巻き込みながら勢いを増し、中七の表現のように「押して押し出す」姿を見せる。やがて、河口から吐き出された雪しろは塊となって海面を染める。印象鮮やかな一句。
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祈りあり青一色の鯉幟 東松島市矢本/紺野透光
【評】今年も空には多くの鯉のぼりが泳いでいる。青一色のこの鯉のぼりは、子どもさんの冥福を祈って飾られている。上五の「祈りあり」が胸に迫る。
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日だまりを呼んで咲きたる花菫 石巻市丸井戸/水上孝子
【評】スミレは野や道端など多くの場所に生える。共通しているのは日当たりの良さ。日光が少なければ「日だまりを呼んで」きてでも咲く。力強い花だ。
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春田打牛も涙を流すとか 石巻市蛇田/高橋牛歩
菜の花のひといろ帯びる電車かな 東松島市新東名/板垣美樹
杣道を歩めば若葉匂ひ立ち 石巻市三ツ股/浮津文好
転勤の孫の旅立ち燕くる 石巻市南中里/中山文
民宿の新しき香や花の雲 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
満開の桜のあわい空真青 仙台市青葉区/狩野好子
黄帽子の群れ飛び跳ねる花の道 石巻市門脇/佐々木一夫
赤子泣くこゑよくとほる四月かな 石巻市小船越/芳賀正利
求愛か決闘なるか鶏合せ 石巻市吉野町/伊藤春夫
矢も楯もたまらぬ気配揚げひばり 石巻市桃生町/西條弘子
大風の奥よりかすか初蛙 石巻市広渕/鹿野勝幸
明治へと床の軋みや春寒し 石巻市中里/川下光子
先見えぬ話に落着花は葉に 石巻市開北/星ゆき
北上川に鴨の別れのありにけり 石巻市蛇田/石の森市朗
蒲公英の小さきそよぎや貨車は過ぐ 石巻市駅前北通り/工藤久之
旅とても今はかなわずしらすどん 石巻市渡波町/小林照子