【斉藤 梢 選】
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カーテンを開ける音聞き雀来る待たれる事の楽しみ味わう 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】気持ちを詠む一首。作者に朝が訪れて、カーテンを開ける。一日を始めるための能動的な「開ける」であろう。この生活の音を聞いて雀が今日も来る。「雀来る」という出来事だけを表現しても歌は成るが、この作者には下の句のような感慨がある。心情に言葉が寄り添っているような「待たれる事の楽しみ」。暮らしの中にある、ささやかな「楽しみ」をしみじみと「味わう」ことの大切さに、気づかせてくれる作品だ。心をしなやかに保つことで、感じ得ることもあるはず。雀が待っていてくれると思うことで、朝の心は潤う。
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筍は字が示すまま育ち時日ざしをあびて命やわらか 石巻市大門町/三條順子
【評】旬のたけのこの柔らかさ。この一首は上の句が独特で、「筍」の一字から受ける印象をふくらませて的確に表現している。<旬>の字を調べると「均に通じ、ひとしいの意味。幾何学的美しい形をもつたけのこの意味を表す」とある。そして、最も味のよい時期をも示す<旬>。育つ筍を「命」として捉えたところが、秀でている。自然の営みと恵みを詠む。
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産土の町並みなまじ知りしゆえ失せし十字路にこころ目眩す 石巻市開北/星ゆき
【評】あったはずの「十字路」が無いという現実。「産土の町並み」であるからこそ、受け入れがたいのだ。感覚的なことは、時には読み取りにくいこともあるが、この一首は「十字路」という<形>が想像できることで、結句が理解できる。「なまじ」が効いている。知らなかったら、こんな感覚にはならなかったのだろう。唐突な喪失は受け入れ難いと思う。
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満開の桜を載せる地元紙を妻の送れり避難の友へ 石巻市駅前北通り/庄司邦生
【評】歌を詠む人にとっての桜は特別なものであろう。この一首は、さりげなく詠まれているようであるが、実は深く静かな思いに満ちている。地元の桜の花を友へと届ける妻を見ている作者。心と心を結ぶ桜。
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白煙の五輪のマークは描かれて卯月の空に消えずに残れ 東松島市矢本/川崎淑子
銀シャリと言いて白飯有難く食せし戦後今は懐かし 石巻市不動町/新沼勝夫
夏グミを握りつぶして指間から出てくる果肉食ふた夢見る 石巻市桃生町/高橋冠
先人の通いし跡の学道を木洩れ日受けて児らと下校する 石巻市須江/須藤壽子
友の訃を梅のかおりと共に聞く同期の君を偲び香焚く 石巻市三ツ股/浮津文好
確信す声張り上げる楽しさは上達志向やめて生まれる 石巻市桃生町/佐藤俊幸
散る椿と連翹つづく散歩道つくしの絨毯共演しきり 石巻市南中里/中山くに子
断捨離と思えど日曜大工の材我には宝次代に委ねる 石巻市蛇田/菅野勇
早朝の山菜採りに友達と足の衰え互いに話して 石巻市桃生町/千葉小夜子
ごうごうと地震の多き地に住みて「余震が何さ」と胸の奥にて 石巻市渡波町/小林照子
晩春の山の斜面に咲き誇る山吹の花黄金色して 石巻市桃生町/西條和江
川土手に群生しているいぬふぐりパープルブルーの生命(いのち)輝やく 石巻市丸井戸/高橋栄子