短歌(6/6掲載)

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【斉藤 梢 選】

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入院の姉に面会出来ざれば歌一首添えて投函したり   石巻市桃生町/三浦多喜夫

【評】短歌は心を納める器だと思う。入院しているお姉様に面会できないので、作者は手紙を書く。そして、「歌一首」を添える。気遣いの言葉や、お見舞いの言葉を綴り、思いのこもる一首を詠む。コロナ禍ゆえの「面会出来ざれば」かもしれない。直接会って話したいことを、伝えたいことを書く一通。表現したいことがこの作品にははっきりとあり、直接的に心情は述べられていないが、作者の思いが滲む。人が人を思うことの大切さを伝える作品。「歌一首」を読みたい。四句は「一首を添えて」とする方法も。

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あの頃はどこの茶房も薄暗く小声で話すふたりの世界   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】過ぎ去った時代を懐かしむ作者。昭和の「茶房」は、そう言えば「薄暗く」だった。本を読むには少し暗い空間。そして、向かい合って語り合う二人の時間が、そこにあった。慎み深さや、恥ずかしさが漂っていた時代。詠むことが一つの時代を記録し、空間の雰囲気を残す。「ふたりの世界」の抒情的表現が魅力。

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母と婆(バアバ)を回遊しつつをさな児は「自分で」の帆を上げ始めをり   石巻市開北/星ゆき

【評】「をさな児」を見守るまなざしが感じられ、成長してゆく過程がいきいきと表現されている。「回遊」と「帆を上げ」は、幼児の動作と自我の芽生えを伝える。上げ始めた「帆」は、健やかで逞しくあれ。

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亡き父と共に釣りする金華山漁はそこそこ瀬戸は快晴   石巻市駅前北通り/工藤久之

【評】亡くなられたお父様と一緒に居る、しみじみとした釣りの時間。心が寄り添っているのだ。釣果よりも、そのひとときこそが何よりの恵み。下の句の快活な詠みぶりがいい。快晴の金華山の景が見えるよう。

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薄墨の雨にぼんやり七ツ森早苗根付きし田圃に浮きて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

洗濯物の乾く時間も早まりて取り込みたためば陽の匂いする   石巻市あゆみ野/日野信吾

亡き母の愛でし赤バラその子らを今は八十路の吾が育てる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

散る花をじつと見つめて憂ふなり来た道長し行く道間近   石巻市桃生町/高橋冠

夫送り独り十年を生きたれば我も旅しに行きたや涅槃   石巻市南中里/中山くに子

桜咲く日和山から町を見る生まれた家は道路に変わり   石巻市水押/佐藤洋子

孫達とよもぎ摘んだはこのあたり復興住宅地内探検   石巻市蛇田/菅野勇

朝ぼらけ霞のなかにねむる街稜線のみを空に浮かばせ   石巻市三ツ股/浮津文好

老いて病むわれの体を嘆くまい手習い一つ取り組まんとす   石巻市泉町/佐藤うらら

漁船(ふね)下りて短歌に出会ったこの機会昭和の海を語り置きたく   石巻市水押/阿部磨

空っぽの郵便受けと曇り空一度も鳴らぬ携帯かなし   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

居(い)の隅のごま粒ほどの蜘蛛に言う害をなさなきゃ間借りを許す   東松島市矢本/川崎淑子

季節来れば亡夫と見上げし街道の大樹の桜は記憶の花なり   石巻市須江/須藤壽子

甲高き汽笛をならし夕映えの終着駅へ貨物車のゆく   女川町/阿部重夫