短歌(8/1掲載)

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【斉藤 梢 選】

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凶作の飢饉の碑へと祭り笛いま飽食と食品ロスと   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】過去のことに心を寄せながら、今のことを見つめる作者。東北の歴史にある「凶作」と「飢饉」。長雨や日照不足、自然災害、害虫などにより収穫量が極端に減り、人々は食料を得ることができずに苦しんだ。飢饉で亡くなった人を供養するための「碑」は、その事実を語る。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の「ヒデリノトキハナミダヲナガシ/サムサノナツハオロオロアルキ」を思わせる一首。祭りの夏。そして、命のことを思う八月。下の句で作者が提示した現実は重い。一粒の米を大切にすることを忘れてはいけないと思う。

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切り分けたホールケーキに見入る児に待たせ顔して莓あらわる   石巻市大門町/三條順子

【評】丸いケーキをじっと見ている幼い子の様子を描く。「待たせ顔して」という捉え方がいい。「切り分けた」を「切り分ける」とすると、ナイフを入れて切り分けるまでの一部始終を、興味深げに見ている眼差しがさらに想像できると思う。ようやく顔を出す赤い莓を喜ぶ幼子。その場の雰囲気が伝わり、楽しい一首。

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タチアオイ多重の塔に白花を立ち掲げ誇る晴れ間の蒼空(そら)に   東松島市矢本/川崎淑子

【評】ツユアオイとも呼ばれるタチアオイ。「多重の塔」という見立てがふさわしく、「立ち掲げ」という誇っているような咲き方がいかにもタチアオイだ。白い花と蒼い空とのコントラストが夏を思わせる。「立ち掲げ誇る」を「立ち掲げおり」とする方法も。

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コロナ禍を訳に遠ざけ遠ざけられ「人」の断捨離に我足されをり   石巻市開北/星ゆき

【評】コロナ禍においての人と人の距離のことを深く考える起点となる歌。「訳に」ではあっても、結果として「断捨離」なのかもしれない。心理を詠む。

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延命の処置の有無には無にサイン施設を出れば叢雨に遭ふ   石巻市恵み野/木村譲

重機にてえぐり取られし山肌よのちの災害無きこと祈る   石巻市駅前北通り/工藤久之

立枯れの松の間(あわい)に灯台の真白きすがた海に向き立つ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

八十の記念にスマホデビューして文字に逃られメール手間どる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

消さないで復興の二文字いつまでも消えれば儚き余生は寂し   東松島市矢本/奥田和衛

滝山に山百合の香の漂いて畦草刈る音遠く聞こえ来   東松島市矢本/高平但

朗々と朝の目覚めにカーテンを開ければ燕地表を走る   石巻市桃生町/高橋冠

雨上がる 未だ頭をあげ得ざる柏葉あじさい俯く吾か   石巻市向陽町/後藤信子

存在の水のやうなるさみしさに器(うつは)の類ゆつくり洗ふ   石巻市桃生町/佐藤国代

玄関に置かれてあるは早起きのあかしメロンにとうきび十本   石巻市桃生町/三浦多喜夫

帰省には二つの心交差する行きは嬉しさ帰りは切なさ   石巻市あゆみ野/日野信吾

土石流衝撃映像胸痛む「まさか」の叫び耳朶に残りて   石巻市不動町/新沼勝夫

水路から蟹が一ぴき玄関へ我と戯れしばし戻らず   石巻市井内/高橋健治

コロナ禍で重いニュースが続く中双子のパンダ誕生の知らせ   石巻市丸井戸/高橋栄子