【斉藤 梢 選】
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近眼の眼鏡をはずし辞書を引き小さき文字にわが意を探す 石巻市駅前北通り/庄司邦生
【評】辞書を引くという時間が作者の日常にはある。辞書の文字はたいてい小さいので、読むのに難儀であろう。作者の姿が見えるようでもあり、頁をめくる音も聞こえてきそうだ。表現しようとしていることに相応しい言葉を探すことを「わが意を探す」とした結句が優れている。辞書を引いて言葉を知ろうとすることは、作歌においても大切なことの一つ。ボキャブラリーの豊かさは表現の幅を広げると思う。
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遠雷のように感じる五輪でも一人桟敷で声援送る 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】コロナ禍においての開催となった東京五輪。「遠雷のように感じる」という作者の感覚に頷く。連日のテレビ報道で<挑む人>を見ながら、声援を送る作者。「一人桟敷」ゆえに、思いっきり声を出して応援しているのだろう。一年延期されたオリンピックについて、私達はあらためて考えることが多くあったと思う。「五輪でも」が、そういう思いを伝える。二〇二一年の夏を記録した一首。
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ああ八月うら盆悲し香煙に若き友らの笑顔が浮かぶ 石巻市駅前北通り/津田調作
【評】八月にある、六日、九日、十一日、そして、十五日。八月は悼む月である。友を失った痛みがよみがえる「うら盆」。「悲し」の一語がすべてを表す。終戦から七十六年の夏、「若き友らの笑顔が浮かぶ」の下の句が、歴史を伝え、真実を語る。
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大書して予定のメモをかべにはり生きるに必死八十三歳 石巻市向陽町/後藤信子
【評】生きている実感があふれている一首。暮らしの中にある「予定」。大きく書いたメモを壁に貼る「八十三歳」の今。詠むことは<生>を確かめること。
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口引きて粥ひとつさへ断つ母は「大丈夫だ」と深き目にあり 石巻市開北/星ゆき
田の畦に屈みて苗と話する秋の実りに期待を込めて 石巻市桃生町/高橋冠
樺太の終戦前の叔父ファミリーアルバムの隅に色褪せてあり 石巻市桃生町/三浦多喜夫
夕立はいっときの湿りそこかしこ例えば蟻の通り路など 石巻市大門町/三條順子
又一人昭和人逝く寂しさを噛み締め生きる八十路の我は 石巻市不動町/新沼勝夫
山百合は遠目鮮やかに花開き緑の中に毅然と白し 石巻市水押/阿部磨
花火待つ暮色の中に煙火鳴り幼き記憶ふと甦る 東松島市矢本/高平但
薄闇に光こぼして華やぐは紫淡き擬宝珠の花 石巻市門脇/佐々木一夫
メンタルを保ち続けたアスリート競技に挑む姿の眩し 石巻市水押/佐藤洋子
水抜けぬわが菜園が水没す知恵なき主に野菜涙す 石巻市桃生町/佐藤俊幸
散歩途次肥った猫の欠伸する巣籠もり中か出窓に寝そべり 石巻市蛇田/菅野勇
パーマかけ幼きころに戻りけりくりんくりんと揶揄されしこと 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
傘ほどの大き葉ひろげ蓮華咲くピンクの花弁さながら浄土 石巻市南中里/中山くに子
一日の仕事終えての入浴は疲れが取れて晩酌旨し 東松島市矢本/奥田和衛