【石母田星人 選】
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八月や防空壕に敵機音 東松島市矢本/雫石昭一
【評】作者にとっての八月とは、防空壕の中に身をひそめた体験なのだという。「忘れてはならない」と教わった悲惨な戦争。その知識や実感が、年を重ねるたびにだんだん希薄になってくる。それでもこの句のように、体験者の記憶から絞りだされた真実を知ると「決して風化させてはならない」と改めて思う。
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津波疵いえて港の木槿かな 多賀城市八幡/佐藤久嘉
【評】夏の暑い盛りに涼やかな花をたくさんつける木槿。新しくなった町を歩くとよくこの花に出合う。この花の色はさまざまだが、白で中心が赤い底紅種はハッとするほど美しい。復興なった港町は色彩を取り戻したように感じるが、やはり人工の色。木槿などの草木の息遣いがあってこそ本来の色になる気がする。
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新しき南部風鈴夕風に 仙台市青葉区/狩野好子
【評】南部風鈴の特徴は、高く澄んだ音色と響きの長さにある。夕の風を待って吊るした風鈴。初めての音色と余韻は辺りを涼やかに包み込んだに違いない。
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箱庭や星の欠けらのわが体 東松島市新東名/板垣美樹
【評】箱庭とは夏の子どもの遊びで、箱の中に木や橋を配して庭の風景を写し取ったもの。箱庭を巨人のように覗いた作者。中七以下はそこからの連想表現。
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日高見の朝日に匂ふ稲の花 石巻市小船越/芳賀正利
潮噴きのリアス海岸銀河濃し 石巻市相野谷/山崎正子
軍服の遺影を照らす盆の月 東松島市あおい/大江和子
新盆の兄の話の夜更まで 石巻市中里/鈴木登喜子
追憶はしのび足して夕端居 石巻市開北/星ゆき
我が影に支へられつつ草むしり 石巻市小船越/三浦ときわ
灼き尽す真昼の白き滑走路 東松島市矢本/紺野透光
物云はぬピクトグラムの夏祭 石巻市丸井戸/水上孝子
児の走るゴールの先や蝉時雨 石巻市門脇/佐々木一夫
郭公のタクトで今日も畑掘 東松島市矢本/菅原れい子
コロナ禍や右往左往の虫時雨 石巻市吉野町/伊藤春夫
コロナ禍と五輪のはざま秋立ちぬ 石巻市広渕/鹿野勝幸
ともかくも東京五輪燃ゆる夏 石巻市蛇田/高橋牛歩
廃校の海を近くに花茨 石巻市中里/川下光子
山の沢木の葉が動く蝦蟇動く 石巻市南中里/中山文
まくなぎを払い近道薄灯り 石巻市元倉/小山英智