短歌(9/12掲載)

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【斉藤 梢 選】

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移ろいにとり残されし朝顔の小さき藍に秋の陽が差す   石巻市蛇田/梅村正司

【評】大きく花をひらく盛夏の朝顔。蔓を伸ばし葉を繁らせる朝顔に夏を感じる日々は過ぎ、いつのまにか秋へと季節は移ろう。その「移ろい」にとり残さているような小さな朝顔。作者の視線がその「藍」に留まる。季節を表現するこの一首は、朝顔の小さな今を慈しむ心情を読者に伝えている。そして、「秋の陽」は夏の日差しとは異なり、さびしさを心に残す。描写が行き届いた作品であり、秋を迎える作者の心情をも表している。「小さき藍」の命のかたちを愛しみたい。

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サスペンス追いつめられて息殺すそんな気分のデルタ株の牙   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】コロナウイルスの怖さを詠む一首。新型コロナ変異ウイルスの「デルタ株」が猛威をふるう第五波にあって、作者はその感染力を怖れる。小説かドラマか映画かの「サスペンス」を読むか見るかして、しだいに追い込まれていって「息殺す」ような気分と、「デルタ株の牙」を怖れる思いが重なるのだ。見えないウイルスゆえに、いつどこで襲われるのかという思いが強くなる。おそろしい「牙」に心理感染しそうだ。

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目に浮かぶ舳(へさき)にかぶる白波と秋刀魚の群れと水鳥の声   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】船乗りであった作者の「目に浮かぶ舳」。不漁が続く秋刀魚漁だが、作者の記憶にあるのはかつての漁の現場。「秋刀魚の群れ」が見えるような表現には、経験が確かに滲む。活気ある秋の漁を記す一首。

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体温ってこんなにも熱いものなのか酷暑の一日(ひとひ)過ごして知りぬ   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】実感を詠む。暮らしの中での気づきの「こんなにも熱いものなのか」である。夏の暑さを生きながら、生命である自らを自覚する作者。「知りぬ」がいい。

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亡き吾娘の遺志を引き継ぎ今も尚テイラー文庫は学校にあり   東松島市矢本/高平但

太き銀杏(いちょう)夏は大きな影つくり同じくらいに保つ沈黙   石巻市大門町/三條順子

動画にて追体験をと手をひざに今日も再生「長崎の鐘」   石巻市流留/大槻洋子

炎天に老いの贅沢お昼寝に南部風鈴殊の外なり   多賀城市八幡/佐藤久嘉

その一歩引かぬ眼と伝ふ汗レスリングに貰ふ若さの種火   石巻市開北/星ゆき

庭に咲く燕水仙鋏入れ仏間に手向け心足らえり   石巻市桃生町/千葉小夜子

退院し熱いご飯に刺身食むこんなに旨いか我が家の夕餉   石巻市桃生町/高橋冠

姉二人逝きてしまいし悲しさに在りし日の会話思いていたり   石巻市桃生町/三浦多喜夫

青田には早くも希望の穂が出初め豊穣願いて両の手合わす   東松島市矢本/奥田和衛

空襲のサイレン電灯明かり消し息潜めたは瞼の奥に   石巻市蛇田/菅野勇

長雨にうたれて蝉のむくろあり黒い眼(まなこ)と吾の目が合う   東松島市矢本/川崎淑子

吾子の来て語らい笑い帰り行く折り鶴二、三、飛ばし残して   石巻市南中里/中山くに子

目が覚めし真夜中の深き静寂にわれの心の鼓動早まる   東松島市野蒜/山崎清美

夏野菜終わりて秋の種を撒く畑も人も日々閑無きや   東松島市赤井/茄子川保弘