短歌(9/26掲載)

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【斉藤 梢 選】

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枕辺に虫かごを置き灯りけししばらく待てば鈴虫の声   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】夏の暑さがすこし和らぐ頃に鳴き出す鈴虫。秋の季語である「鈴虫」の声を、灯りを消して待っている作者。虫の声に季節を感じるということは日本人特有のものであろう。夜行性の鈴虫の声は、夜の静かな闇の中に美しくひびく。この一首は、「しばらく待つ」という心持ちがゆかしい。目には見えない風の音を聞いて風を知ることができるのも日本人ならではの感性だと思う。虫かごを枕辺に置く行為そのものにも趣がある。作者の聞く鈴虫の声を想像するのも愉しい。

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塩もみをされたるオクラ指先を恨みあるごとちくり刺しくる   東松島市矢本/川崎淑子

【評】実感を詠む一首。採れたてのオクラだろうか、夏の野菜の新鮮さとたくましさが伝わる。目では見えにくい細くて鋭いトゲに触った作者が感じた「ちくり」。塩もみした私に恨みでもあるのだろうかという感じ方が独特だ。厨歌でもあり、季節を表わす歌でもある。生活の中での小さな痛みとしての「ちくり」であるけれど、きっと記憶に残る一瞬だったに違いない。感覚を一首に掬い上げて詠んでいて印象深い。

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雨あがり蓮の葉っぱに水の玉微風に揺れて左右に泳ぐ   石巻市桃生町/高橋冠

【評】蓮の葉の上の雫を詠む。「水の玉」と表現することで、その存在がしっかりとわかる。美しい光景を描写していて、結句の「左右に泳ぐ」によって歌に動きが加わる。「泳ぐ」という捉え方がいい。

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道の端(は)を大きい翅の滑り行く見れば小蟻が必死の運び   石巻市南中里/中山くに子

【評】小さな蟻の頑張りを見ている作者。同じような場面を見たことがある人もいるだろう。言葉の選び方と、「見れば」と自身の行為を詠んでいるのがいい。

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色褪せて傷み激しき古書のごと我の人生古希に近づく   東松島市矢本/高平但

盆棚の真青のバナナ合掌のひとりごとのやうぐでぐで熟す   石巻市開北/星ゆき

お多福の笑みを剥がせば夜叉の貌凪ぐ海それも時に牙剥く   多賀城市八幡/佐藤久嘉

筆箱も下敷もみなセルロイドだった昭和がいまは懐かし   石巻市あゆみ野/日野信吾

新聞のカラー写真で旅行するがまんに我慢のコロナの日々に   石巻市中里/大谷キク

ひといきに秋は来にけり庭すみの水引草の白の静けさ   石巻市桃生町/佐藤国代

山際の百合の香りに魅せられて手折り二輪を留守居の亡夫に   石巻市須江/須藤壽子

アイスからホットに替わるティータイム紅さし初めた錦木ながめつ   石巻市蛇田/菅野勇

草叢の中のひともと赤き花摘みきて母の遺影に供ふ   石巻市三ツ股/浮津文好

ろうそくの炎の長さ命とは天の定めと秋の夜にふと   石巻市渡波/小林照子

神秘なる摩周の湖面にくっきりと夏空映えし昔を偲ぶ   石巻市わかば/千葉広弥

また齢(よわい)重ねて気付く足や脳みな八十五 悩まずいこう   石巻市羽黒町/松村千枝子

新聞のパズルを解くは老い防止言葉忘れてたち止まりつつ   石巻市泉町/佐藤うらら

晴れた日の空見上げればうろこ雲長月に入り秋駆け足で   石巻市桃生町/西條和江