【石母田星人 選】
===
樺太の飢えの記憶や終戦日 石巻市広渕/鹿野勝幸
【評】戦後生まれが8割を超え、年々戦争の記憶が薄れている。そこでこの夏はできるだけ戦争に関する句を取り上げてきた。今回も実体験に基づいた貴重な句が届いた。幼い頃に樺太で経験したつらい記憶だ。「終戦日」とは生と死が凝縮されている重い季語だとあらためて気付かされた。刻み込まれた飢えの記憶は深い。戦後はまだまだ終わっていない。
===
ページ繰る風来て夏の果てにけり 石巻市桃生町/西條弘子
【評】読みかけて開いておいた本のページを、風が繰った。その一瞬に夏の終わりを感じた。まだ厳しい暑さの中だが暦の上では秋。今年も大きな峠を無事に越し得た思いなのだ。中七以下「夏の果てにけり」のゆったりとした表現にはその安堵感が乗る。
===
漁火の見えて休憩夜登山 石巻市流留/大槻洋子
【評】夜の登山の魅力は数多い。その一つが美しい夜景。街や港のほか遠くの漁火も見える。人の営みが見渡せることで神の領域に迷い込んだ気にもなる。
===
杣の道すつと追ひ抜く蜻蛉かな 仙台市青葉区/狩野好子
【評】中七「すつと」には直線的なスピードが感じられる。小型の種類ではなく鬼やんまなど大型のものなのだろう。舞台の杣の道には物語が浮かびそう。
===
戦争は要らぬ要らない終戦忌 多賀城市八幡/佐藤久嘉
蝉時雨ろくろ回す手軽やかに 石巻市新館/高橋豊
ひたすらに時を刻んで蝉時雨 石巻市中里/須藤清雄
月ひとつ残して終る揚花火 石巻市吉野町/伊藤春夫
南風や白きアートの鹿の立つ 石巻市中里/川下光子
断崖でひかりとなりて稲雀 東松島市矢本/紺野透光
十年の早き道程門火かな 東松島市矢本/雫石昭一
喜びの種子の弾ける秋の庭 石巻市小船越/芳賀正利
鯵割けば大空広しインパルス 石巻市門脇/佐々木一夫
七年を唱ふ全山蝉時雨 石巻市開北/星ゆき
雨の日の灯り二つの魂迎 石巻市丸井戸/水上孝子
鶏頭の倒れてもなほ色褪せず 東松島市矢本/菅原れい子
一瞬の音を残して遠花火 石巻市南中里/中山文
滴りの岩場にかくれ世を見つむ 石巻市駅前北通り/小野正雄
魂棚の妻子に供すずんだ餅 石巻市蛇田/高橋牛歩
藤の蔓延び放題に天を向く 石巻市桃生町/高橋冠