短歌(10/10掲載)

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【斉藤 梢 選】

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寄せる海、過ぎ去る海に青き海吾が眼離れず九十の歳越す   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】眼裏(まなうら)にあるまざまな海。海と共に生きてきた作者は海の歌を多く詠み、その時々の暮らしと情感を今に残してきた。穏やかな海や荒れた海、夏の海や冬の海など、その日その時の海の表情を見てきた「吾が眼」。作者には、「黒い海水(みず)」を詠んだ作品もあり、東日本大震災の「黒い」海も記憶の中にしっかりとある。「九十の歳越す」という実感のこもる表現は、三十一文字では詠みきれないほどの、海と歩んだ長い年月を伝える。この一首からは、波の音も聞こえてくる。

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古民家の跡地の黒い土やさし瀬戸盃のふたつ埋もれて   石巻市大門町/三條順子

【評】黒土に埋もれている「瀬戸盃のふたつ」が見えるようだ。詠むということは、その光景と心情を残すことでもあろう。「瀬戸盃」を見つめながら、かつてここに人の暮らしがあったことを想像する。「ふたつ」であるからこそ、心に残ったのかもしれない。「黒い土やさし」という表現に、作者のまなざしを感じる。

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ひ孫へとさし伸ぶる腕の細さかな老母の右手は宙に迷へり   石巻市開北/星ゆき

【評】こんなにも細かったのか母の腕は。老いた母への思いが「細さかな」という言葉にあふれる。なぜに「右手は宙に迷へり」なのだろうと、この歌の奥にあることを深く思う。「ひ孫」に触れようと伸ばした手はあたたかく、宙に迷う手は切なくもある。

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一人畑の胡瓜やトマト今日も採る酢漬け砂糖漬け小瓶は並ぶ   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】「今日も」の「も」が表しているのは、毎日収穫して、食べきれない「胡瓜やトマト」。生活の知恵としての「酢漬け砂糖漬け」の小瓶が並んでいる台所は、きっと明るい。季節感ある生活の歌。

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戻れない更地のままの生れし地に誰咲かせたかコスモス揺るる   石巻市中央/千葉とみ子

新聞の訃報の欄に六十余年会わずじまいの友の死を知る   石巻市駅前北通り/庄司邦生

手折りたる栗、萩、すすき、四合瓶に月出づるのを妻と待ちをり   東松島市矢本/高平但

さんま船大漁旗上げ初出航今年こそはと海の男は   石巻市不動町/新沼勝夫

蟋蟀が夜冷えしますと戸口より翅を震わせ入りくるなり   東松島市矢本/川崎淑子

南部鉄音かろやかに風鈴は座敷の奥まで涼届けくる   石巻市桃生町/高橋冠

鉄の音響く中瀬の造船所島は変わるも潮風優し   東松島市赤井/茄子川保弘

台風に負けずに咲いたひまわりを描きし絵手紙夕映えポストに   石巻市丸井戸/高橋栄子

黄金色たわわに実る穂の上を秋風流れイナゴ飛び交う   石巻市水押/佐藤洋子

ふるさとの親しき友の訃報あり北上川に秋の雨降る   石巻市あゆみ野/日野信吾

思い思いに活けし秋草の籠並ぶ野に迷い来し心地こそして   石巻市向陽町/後藤信子

今秋の稲刈終えて一息す農の退陣思案始める   石巻市桃生町/佐藤俊幸

待ち焦がれ十日も早く咲きし花親も待ってる彼岸花かな   石巻市門脇町/佐々木一夫

台風一過花も香りも一夜消え金木犀の背丈伸びゆく   石巻市水押/阿部磨