短歌(10/24掲載)

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【斉藤 梢 選】

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律儀にもいつもよろよろついて来た愛犬シロよ宙のいずこに   石巻市桃生町/三浦多喜夫

【評】心の中にある「愛犬シロ」との日々。詠むことは、唯一の心情を定型に収めること。律儀であった「シロ」と共に過ごした春夏秋冬の記憶は、作者の胸にしっかりと残っている。かけがえのない命を失った深い悲しみを表しているけれど、なぜかこの一首には温もりがあり、読者にも伝わる「いつもよろよろ」が愛しい。もうこの世に存在しない愛犬の名を呼ぶような「宙のいずこに」という心の声が切なくひびく。「宙」には「そら」とルビをふる方法も。

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家の中こんなところに巣を張ってバンクシーまねる蜘蛛の芸術   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】「こんなところに」と、蜘蛛の巣を見つけた作者。その糸の張りようがあまりに見事なので、思わず見とれてしまったのだろう。蜘蛛の巣の形が、ストリートアーティストの「バンクシー」の作品と似ていると思ったことが、この歌の斬新なところ。暮らしの中に「芸術」を見いだし「蜘蛛の芸術」と、表現することのゆたかさ。蜘蛛の<作品>を想像してみたい。

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三歳の理屈にならぬその口にひたひた人の舌先宿る   石巻市開北/星ゆき

【評】言いたいことがあるのに、なかなか言葉にすることができずにいる「三歳」の今。けれども、やがて理屈も言うようになるのであろう。「ひたひた」が表すのは、人知れず、しかも確実に「人の舌先宿る」という真実。作者は「三歳」の心の成長を見つめている。

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赤々と燃え立つ花のただなかに一本(ひともと)白き彼岸花咲く   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】写生の一首。赤く咲く彼岸花の群れのなかに立っている白い彼岸花。「一本」であるゆえに、その存在が際立つ。「燃え立つ」が花の特徴を言い得ている。

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神無月無口な父のやさしさがかいま見えるや菊の懸崖   石巻市大門町/三條順子

音も無く降る雨寒く萩濡れて玄関前の虫かご空き家   東松島市赤井/茄子川保弘

遠く聞く列車の音にお天気の変わるを知りぬ草引く朝(あした)   石巻市向陽町/後藤信子

日もすがらただひたすらに栗むきて無心となりて雲となりおり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

どんな日も明日は必ず良くなると思うことにす秋の空見て   石巻市あゆみ野/日野信吾

津波よりやっと逃れし語り部の講話は続く宮戸の浜に   東松島市矢本/高平但

大根の根元あふれるエネルギー土噛みながら実りの途ゆく   石巻市桃生町/佐藤俊幸

綿あめを枝に付けたるように咲く夏から秋の百日紅の花   石巻市桃生町/高橋冠

秋晴れに稲を刈りとるコンバイン音爽快に夕陽背にして   石巻市桃生町/千葉小夜子

青空にブルーインパルスの五つの輪今日も畑は特等席に   東松島市矢本/奥田和衛

変わりゆく時代(とき)の流れをそのままに年々薄らぐ昔ごころよ   石巻市わかば/千葉広弥

色映えし初甘露煮の無花果は手前味噌なり我がお先に   石巻市須江/須藤壽子

自動ドアの向こうに立ちて待つ人を我と気づくに三秒あまり   石巻市流留/大槻洋子

ゆたかなる空の青さと思ひつつ日々の暑さは吾の身に沁む   女川町/阿部重夫