短歌(11/21掲載)

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【斉藤 梢 選】

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厳しさも優しさも母より教わりき生老病死の哀しみまでも   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】声に出して言えないことも、短歌という定型におさめることで深い思いを表すことができ、心の動きを表現した歌は、読者の心にもしっかりと届く。多くのことを母から教わった作者が、初句に置いたのは「厳しさも」である。そして、次に「優しさも」と続く。このことは、母の生きてきた姿そのものから学んだことを語っている。この世で避けられない四つの苦しみである「生老病死」。その哀しみも母から教わったと言う。この歌を前にして、生きるということをあらためて思い、この心の声に長く佇みたいと思う。

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うろこ雲見上げるひとみに映るのは鮪に鮭に秋刀魚に鰹   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】海と共に生きてきた作者の瞳に映るのは「うろこ雲」。実際は雲が映っているのだけれど、脳裏に浮かぶのは魚。「うろこ雲」から想起される魚らが、「ひとみに映る」のである。作者にだけ見える魚らが次々と下の句におさめられていて、「に」の繰り返しが漁の活気をも思わせる。この秋の日の空と海は作者の心の中で生きている。

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渓谷の速き流れに身を任す落葉に似たり六十八年   東松島市矢本/高平但

【評】散り落ちた葉が渓谷の流れに身を任すように目の前を通過してゆく。その様子を見ながら「似たり」と思う作者。「六十八年」という具体が作者の今を表していて、言い尽くせない思いが一首から伝わってくる。

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軒下の物干し竿に柿のれん小さくしぼみ食べ頃を待つ   石巻市水押/佐藤洋子

【評】晩秋の景としてある「柿のれん」。丁寧に一つ一つ作った干し柿を日々見ている作者。「小さくしぼみ」の表現がいい。小さな灯りのような柿でもあろう。

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俎板に鰹一本どんと在り目青青と海映しをり   石巻市門脇/佐々木一夫

台風が去りて峰間に残る雲浮きつ沈みつ雲はさ迷ふ   石巻市桃生町/高橋冠

ひらひらと季節の便りの銀杏の葉そちらこちらにはなまるを描(か)く   石巻市須江/須藤壽子

日溜りに小さくしぼみ咲いている朝顔の花人生の如き   石巻市水押/阿部磨

山茶花の早き開花に驚くも冷たい朝に行く秋を見る   東松島市赤井/茄子川保弘

野分けすぎの空あらふ風むき出しの白き根の息しづかに止める   石巻市開北/星ゆき

つつがなくお過ごしのよしと電話にて久々に聞くよそゆき言葉   石巻市大門町/三條順子

引き揚げの拓いた牧にホルスタイン美味しいその名は高原牛乳   多賀城市八幡/佐藤久嘉

あの頃はまたサンマかと思ったが今は大事に大事にいただく   東松島市赤井/佐々木スヅ子

あと何年出来るうちはと今日もまた天気と語らい菜園仕事   石巻市蛇田/菅野勇

雨降りて畑遠のき鍬を置く我は静かにてるてる坊主   石巻市桃生町/佐藤俊幸

山里の農家の庭にあかねさす照れる柿の実夕日を返す   石巻市駅前北通り/庄司邦生

鈴虫の夜寒に声の細くして明日は聞けるか秋ぞ深まる   石巻市三ツ股/浮津文好

「お大事に」診察終えてドクターの一声うれし老いたる身には   石巻市不動町/新沼勝夫