【石母田星人 選】
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黄昏が染み入るやうに菊の酒 石巻市門脇/佐々木一夫
【評】菊の酒は重陽の節句(旧暦9月9日)の祝い酒。菊の花を浸した酒を飲んで災厄をはらい、長寿を願う。どんな酒でもうまいが、この菊酒はこの上なくうまかったのだ。「黄昏が染み入るやうに」の大きな比喩がいい。作者を囲むたくさんの笑顔が見える。
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穭田の闇に佇ちゐる捨案山子 石巻市小船越/芳賀正利
【評】役目を終えても片付けられない捨案山子は、少なくとも倒されているものだ。この句ではそのまま放っておかれたようにみえる。捨案山子にはあわれなイメージがつきまとうがこの案山子にはそれが無い。痩せ細っても、眼光鋭く闇に佇(た)ち、闘い続ける気骨を見せているようだ。上五「穭田(ひつじだ)」も晩秋の季語だが、この句の場合は捨案山子が季語となる。
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冬雁の空へ漬物樽を干す 石巻市相野谷/山崎正子
【評】雁たちは湖沼などに落ち着いて冬を過ごす。越冬地がそばにあると、雁の群れを見る機会が多く、親近感が増す。その思いを遠近の構成で巧みに表現。
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たよりなき記憶の力年の暮 東松島市矢本/雫石昭一
【評】雪の便りが届いて一段と寒くなると、年末の気ぜわしさに襲われる。落ち着かないと、何か忘れている気になる。そんな気分を乗せた一句と読んだ。
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菊の花浮べて喜寿の祝膳 石巻市吉野町/伊藤春夫
枯尾花仮設撤去の跡地かな 石巻市元倉/小山英智
遠方の友訪ね来る神の留守 石巻市新館/高橋豊
パンドラの匣開けてみる神の留守 石巻市蛇田/高橋牛歩
冬椿海の伝説青みたり 東松島市矢本/紺野透光
山の嶺に風車の回る小春かな 石巻市蛇田/石の森市朗
立冬や赤児ほほえむ待合室 東松島市あおい/大江和子
おさがりの青の手袋朝散歩 仙台市青葉区/狩野好子
どこまでや北上川の花すすき 多賀城市八幡/佐藤久嘉
錦木の光と陰やあはれなり 石巻市丸井戸/水上孝子
予報士の時雨もやうや街灯り 石巻市中里/川下光子
日和得て円通院の散紅葉 石巻市広渕/鹿野勝幸
秋麗や一人影踏み散歩道 石巻市流留/大槻洋子
昼月へかがやく投網秋の蜘蛛 石巻市開北/星ゆき
存在感いっきに増して金木犀 東松島市矢本/菅原れい子
秋耕や牛と歩みし戦時中 東松島市矢本/奥田和衛