【斉藤 梢 選】
===
霧雨に濡れて淋しく咲く花の野菊一輪孤独に耐えて 東松島市矢本/奥田和衛
【評】秋の光景を詠む一首。私たちは、暮らしの中でたくさんのものを見て、たくさんの音を聞く。感じることに敏感になるのが秋だろう。作者は霧雨が降る日に、一輪の野菊と出会う。詠むという表現方法を持ち得ているゆえに、「野菊一輪」に目をとめて、霧雨に濡れている花に淋しさを感じる。見る時の心情によって、花の見え方が違うのだとすれば、作者もまた淋しさを感じているのかもしれない。「孤独に耐えて」は、懸命に生きている一輪の花への心寄せの言葉だと思う。
===
色彩の違う友らとパレットで混色されて我は生きおり 東松島市矢本/高平但
【評】人と関わり合って生きることを考えさせる作品であり、表現力がある。「パレット」という生活空間または、心理空間に於いて「混色されて」生きていると感じる作者。人はみな異なる色を心に置いて生きていて、影響しあいながら、時には反発しあいながら、お互いを意識して共にある。「色彩の違う友ら」であるからこそ、自分一人では創れない色が交流によって生まれる。パレットに置かれた色はそれぞれ尊い。
===
終活で空いた本棚これからのわたしに合った本でうめよう 石巻市流留/大槻洋子
【評】「これから」という未来を見つめる作者。本棚に今まで並んでいた本を整理したことでできた<空き>を、自分に合った本でうめようと決める。本を選ぶことが、生活を見つめ直すことにもなるのでは。
===
娘には「前にも聞いた」と言われけり息子は「うんうん」傾聴やさし 石巻市渡波/小林照子
【評】前にも言ったことを言う作者への言葉としての「前にも聞いた」と「うんうん」。この反応の違いを上手く表現している。思わずなるほどと頷いてしまう。
===
畦道をやっと半分刈り終えて一息つけば秋色の汗 石巻市桃生町/佐藤俊幸
女川に揚がりし秋刀魚の背(せな)の青今宵は生かはたまた焼きか 石巻市南中里/中山くに子
爺ちゃんの短歌は何時も海ばかり孫に言われて秋空見上ぐ 石巻市駅前北通り/津田調作
十和田湖と囲む紅葉を鷲となり俯瞰したいと思う秋晴れ 多賀城市八幡/佐藤久嘉
雨に濡れ垂れ下がりいる稲穂なり実りの匂う刈取りの朝 東松島市赤井/茄子川保弘
台風は汚れた空気吹き飛ばし青い稜線くっきり見える 石巻市桃生町/高橋冠
便箋の文字に溢るる温かさ生きている意味を再確認す 石巻市あゆみ野/日野信吾
つかの間の雷雨の過ぎし夏の日の舗装路にたつ靄あたたかし 女川町/阿部重夫
吹く風に秋を感じて衣替え持病気になる季節に入りぬ 石巻市不動町/新沼勝夫
生きることしんどいなあと星月夜曇りし眼鏡(めがね)ふきつつ見上ぐ 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
女郎花(をみなへし)道端に群れて咲きにけりひともととりて墓前に供ふ 石巻市三ツ股/浮津文好
初物の栗飯炊いて孫、曾孫に届けて今年も役目を終えぬ 石巻市中央/千葉とみ子
一色に染まりし黄金の豊穣に取入れ忙し仙台平野 石巻市わかば/千葉広弥
解除され秋晴れの日のグランドのゴルフに集うマスクの笑顔 石巻市中里/大谷キク