短歌(12/19掲載)

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【斉藤 梢 選】

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冬の陽は部屋の奥まで手を伸ばし母の温もりのごと包み込む   東松島市矢本/川崎淑子

【評】冬の日差しはあたたかくてありがたい。今年の冬至は十二月二十二日であるから、それまでは昼の時間がだんだん短くなってゆく。あっという間に日没となり、私たちの暮らしも、なんだか気ぜわしい。そんな時にこの一首を読むと、とても穏やかな気持ちになる。下の句には作者の思いが込められていて、「冬の陽」に包まれている心情が伝わってくる。「手を伸ばし」は、冬ならではの日差しの有りようだろう。寒さの季節だからこそ感じる「温もり」。母を思う歌でもある。

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冬枯れの庭にぽつんと帰り花風を温めて赤く輝く   石巻市門脇町/佐々木一夫

【評】冬の淋しい庭に思いがけずに咲いた花。その花の名は詠み込まれていないけれど、「ぽつん」と「赤く」でその光景を想像できる。注目したいのは「風を温めて」という表現。赤い花の存在を温かく感じたゆえにこのように表したのだろう。おそらく作者もまた、温かい気持ちになっていたのだと思う。寒風も立ち寄る小さな贈り物のようなこの赤い花。

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秋空に飛行機雲が線描く真っ直ぐ生きよと示唆する如く   石巻市不動町/新沼勝夫

【評】空を見上げている作者。飛行機雲が真っ直ぐに伸びていて、その空に引かれた一本の線に気持ちが添う。自らの生き方を思いみるこのひととき。「真っ直ぐ生きよ」というメッセージをしっかりと受け取る。

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大震災心の財(たから)こわされぬ二十一基の碑に誓う明日   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】「女川いのちの石碑」の最後の二十一基目が十一月二十一日に完成した。東日本大震災は多くのものを壊した。「心の財こわされぬ」と詠む作者が見つめる明日。「誓う」という言葉が強く読者に響く。

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コロナ禍に米価値下げとなりたれば農機具代に消えてしまいぬ   石巻市桃生町/三浦多喜夫

アボカドの花は今だに知らねどもカサカサ色の風折れ葉描く   石巻市大門町/三條順子

仕込み唄白い息して南部杜氏北の無口は無口に仕込む   多賀城市八幡/佐藤久嘉

それぞれの苦楽綴りし人生詠紙上に読みて一日過ぎたり   東松島市矢本/高平但

役終えて自由に舞って地に集いカサカサ楽し落葉の語らい   東松島市赤井/佐々木スヅ子

孫と二人どこにも行けぬと公園にどこにも行かぬブランコに乗る   石巻市開北/星ゆき

継承の神楽獅子舞揃う子ら汗滲む振りに止まぬは拍手   石巻市須江/須藤壽子

冷え頻るさ庭の隅にくれないの山茶花の花清しく咲けり   石巻市駅前北通り/庄司邦生

明けの星駅舎の上に煌めいて靴音響く始発の客の   東松島市赤井/茄子川保弘

いやなことは忘れたと云って済む齢楽しいことは何故か忘れず   石巻市羽黒町/松村千枝子

欲望は天井知らずそれ故に人を蹴落とし争い起こす   石巻市桃生町/高橋冠

消灯の音なき世界病廊の靴音だけがひびきいるなり   東松島市野蒜/山崎清美

四十年前我の作りし干竿が背伸びを強いる八十路の我に   石巻市蛇田/菅野勇

「君の名は」流行りし頃のマフラーを昔を偲び染め直しおく   石巻市桃生町/千葉小夜子