【斉藤 梢 選】
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冬の陽は部屋の奥まで手を伸ばし母の温もりのごと包み込む 東松島市矢本/川崎淑子
【評】冬の日差しはあたたかくてありがたい。今年の冬至は十二月二十二日であるから、それまでは昼の時間がだんだん短くなってゆく。あっという間に日没となり、私たちの暮らしも、なんだか気ぜわしい。そんな時にこの一首を読むと、とても穏やかな気持ちになる。下の句には作者の思いが込められていて、「冬の陽」に包まれている心情が伝わってくる。「手を伸ばし」は、冬ならではの日差しの有りようだろう。寒さの季節だからこそ感じる「温もり」。母を思う歌でもある。
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冬枯れの庭にぽつんと帰り花風を温めて赤く輝く 石巻市門脇町/佐々木一夫
【評】冬の淋しい庭に思いがけずに咲いた花。その花の名は詠み込まれていないけれど、「ぽつん」と「赤く」でその光景を想像できる。注目したいのは「風を温めて」という表現。赤い花の存在を温かく感じたゆえにこのように表したのだろう。おそらく作者もまた、温かい気持ちになっていたのだと思う。寒風も立ち寄る小さな贈り物のようなこの赤い花。
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秋空に飛行機雲が線描く真っ直ぐ生きよと示唆する如く 石巻市不動町/新沼勝夫
【評】空を見上げている作者。飛行機雲が真っ直ぐに伸びていて、その空に引かれた一本の線に気持ちが添う。自らの生き方を思いみるこのひととき。「真っ直ぐ生きよ」というメッセージをしっかりと受け取る。
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大震災心の財(たから)こわされぬ二十一基の碑に誓う明日 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】「女川いのちの石碑」の最後の二十一基目が十一月二十一日に完成した。東日本大震災は多くのものを壊した。「心の財こわされぬ」と詠む作者が見つめる明日。「誓う」という言葉が強く読者に響く。
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コロナ禍に米価値下げとなりたれば農機具代に消えてしまいぬ 石巻市桃生町/三浦多喜夫
アボカドの花は今だに知らねどもカサカサ色の風折れ葉描く 石巻市大門町/三條順子
仕込み唄白い息して南部杜氏北の無口は無口に仕込む 多賀城市八幡/佐藤久嘉
それぞれの苦楽綴りし人生詠紙上に読みて一日過ぎたり 東松島市矢本/高平但
役終えて自由に舞って地に集いカサカサ楽し落葉の語らい 東松島市赤井/佐々木スヅ子
孫と二人どこにも行けぬと公園にどこにも行かぬブランコに乗る 石巻市開北/星ゆき
継承の神楽獅子舞揃う子ら汗滲む振りに止まぬは拍手 石巻市須江/須藤壽子
冷え頻るさ庭の隅にくれないの山茶花の花清しく咲けり 石巻市駅前北通り/庄司邦生
明けの星駅舎の上に煌めいて靴音響く始発の客の 東松島市赤井/茄子川保弘
いやなことは忘れたと云って済む齢楽しいことは何故か忘れず 石巻市羽黒町/松村千枝子
欲望は天井知らずそれ故に人を蹴落とし争い起こす 石巻市桃生町/高橋冠
消灯の音なき世界病廊の靴音だけがひびきいるなり 東松島市野蒜/山崎清美
四十年前我の作りし干竿が背伸びを強いる八十路の我に 石巻市蛇田/菅野勇
「君の名は」流行りし頃のマフラーを昔を偲び染め直しおく 石巻市桃生町/千葉小夜子