短歌(12/5掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】

===

来年の手帳売り場に足を止め一冊選ぶ時間も楽し   石巻市水押/佐藤洋子

【評】毎日一枚一枚めくってきた日めくりも、残り少なくなって、もう十二月である。二〇二二年のカレンダーや手帳が店に並ぶこの時期、今年一年を思い、新しい年のことをも思う。作者は「来年の手帳売り場」であれこれと自分用の一冊を選んでいる。暮らしの中にあるこのような時間はとても大切。選ぶことは、これからを思うことでもあり、未来を見つめることでもある。実感を表現している「楽し」は、多くの人の心にも届く「楽し」である。手帳に記しおきたい一首。

===

秋茜雲台に縋り動かざる虚ろな眼が何を見つむる   東松島市矢本/高平但

【評】雲台に止まって動かない「秋茜」。羽を休めているのだろうか。動かないその姿を見て「縋り」と感じて、「何を見つむる」と思う作者。晩秋の空の下に身を置く作者と「秋茜」とに無言の時間が流れる。作者がこの時見ているものと、秋茜が見ているものとはおそらく同じではないが、「虚ろな眼」で見ているものについて作者は思いをめぐらせている。短詩型だからこそ表現できた、小さな命との静かな<時間>だろう。

===

足一本なきすず虫は破れ葉のひだまりに命昨日はのせをり   石巻市開北/星ゆき

【評】「命」を詠む一首。足が一本ない「すず虫」を見つめている作者。その命をひだまりに委ねている姿は、終の姿なのかもしれない。「昨日は」という言葉が表現している現実を読み取ると、切なく悲しい。

===

錦木の散り継ぐもみじ踏み行けば朝日に映えてさながら浄土   石巻市南中里/中山くに子

【評】作者が見た朝の光景が想像できる。自然が見せてくれる美しさは時には言葉では表現できない。「さながら浄土」の結句に頷く。落葉を踏む音が聞こえる。

===

晩秋の砂浜に立ち深呼吸地平の線が遥かに霞む   石巻市桃生町/高橋冠

冬の陽に温もる落ち葉その中に寝転ぶ望み我は持ちたり   東松島市矢本/川崎淑子

今でさえ更地の場所に佇めばあの日の気持心の中に   石巻市あゆみ野/日野信吾

窓越しの流るる雲の急ぎ足冬の間近を直に告げおり   石巻市蛇田/梅村正司

朝起きていつもと変わらぬ日課でも昨日と違う今日が始まる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

齢重ね貯まるものとて無けれども診察券は八枚となり   石巻市中央/千葉とみ子

暁の入江は寒し湾ちかく置物のごとく鴨らの眠る   女川町/阿部重夫

湾の灯の陸奥湾らしき形して帆立みしみし夜更に肥る   多賀城市八幡/佐藤久嘉

一週間たちても抜けぬ柿の渋飲み足らぬらし焼酎の量   石巻市羽黒町/松村千枝子

漁師なる吾が生涯を綴らんか偉大な海を短歌に委ねつ   石巻市駅前北通り/津田調作

コロナ禍で倒れた兄を見舞えずに見舞えぬままに二年が過ぎる   東松島市矢本/畑中勝治

緑濃き大根の葉をざくざくと陽の味たっぷり振りかけにせん   石巻市流留/大槻洋子

朝顔の花も終わりぬ色分けのテープを張りて来る年を待つ   石巻市桃生町/三浦多喜夫

二週間自動車無しの暮し方まだ免許証は離し難きか   石巻市門脇/佐々木一夫