短歌(1/23掲載)

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【斉藤 梢 選】

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老いるとはこういうものかと手を摩り何気に見入る誕生日の朝   石巻市大門町/三條順子

【評】齢を一つ重ねる誕生日。この特別な日に作者は自分の手を見ている。「老いるとはこういうものか」という言葉が心から湧き出る。普段の生活の中で、たくさんの役割を担っているのは手であり、共に生きてきた手でもある。誕生日の朝に、これまでの年月を思い、そして、今の自分と向き合う作者。「手を摩り」という行為を詠み込んだことで、この時の心情がよく伝わる。老いを意識しつつ、老いを受けいれ、自身を労る思いで摩る手。今を生きているからこその感慨であろう。老いを詠む歌でありながら、<生>を詠む歌でもある。手と対話している静かな誕生日の朝。

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銀杏の葉かえりみられず朽ちていくうっすら淋しい病院帰り   石巻市あゆみ野/日野信吾 

【評】風が吹くと黄の葉が音をたて、陽がさすと黄の葉が美しくかがやいていた銀杏。やがて、木の葉は散り、木はその姿を寒風にさらす。作者は、そんな銀杏の木に心を寄せて詠む。落葉となった銀杏の葉を「かえりみられず」と表現している。この感じ方がこの一首の芯であろう。ある季節が去り、また次の季節を迎えるときには「朽ちていく」ものも目にする。「うっすら淋しい」という感覚が読者の心にもよく染みわたる。                

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まだまだと湯呑みへ交互に垂らしつつ朝茶の一滴一滴を視る   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】大切な朝の時間。湯呑み茶碗に茶を注ぎつつ最後の一滴までをと、視ている作者。この作者の所作が見えるよう。丁寧に茶を淹れるひとときは、心を調える時間でもあるのだと思う。「一滴一滴」は新しく生まれくる朝の雫。寒い朝の湯気があたたかい。

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不安秘め家族が集う二年ぶりコロナの事に誰も触れずに   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】二年ぶりに家族が揃うことを喜びながらも、ウイルス感染への「不安」が頭から離れない。それでも「集う」ことは嬉しい。下の句は、そういう思いを表していて、コロナ禍においての心理を率直に詠む。

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庭の木にこんもり白き花が咲きストーブ赤く雪積もる朝   石巻市蛇田/菅野勇

冬越しのキャベツに青虫見つけたりはいつくばって仲間を探す   石巻市桃生町/佐藤俊幸

来し方を振り返りみる八十年苦しみ消えて喜び残る   東松島市矢本/畑中勝治

九十を過ぎたる媼かくしゃくと青首大根引いて束ねる   石巻市桃生町/高橋冠

箱根駅伝もくもく走るランナーを沿道の目が背押し励ます   石巻市水押/佐藤洋子

年の瀬の雪降りしきる畑にて葱抜きをれば指ぞ悴(かじか)む   石巻市三ツ股/浮津文好

子の帰り待ちいるごとくの電池ぎれ続くもろもろこのお正月   石巻市向陽町/後藤信子

拉致家族悲痛の叫び幾とせぞ敗戦もたらす国家の課題   石巻市わかば/千葉広弥

明け方に鴎飛びかふ湾内の海の明るさ空の明るさ   女川町/阿部重夫

退院の日の初雪に涙せしこの二か月を想い直して   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

虫生まれ鳥たち憩い人和む柿の木雪の布団で眠る   東松島市赤井/茄子川保弘

夕暮に気配感じて振り向けばシーサーの如く門柱に猫   石巻市流留/大槻洋子