短歌(2/20掲載)

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【斉藤 梢 選】

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ひさびさに羽織るコートのポケットに百円玉のさくらは枯れず   石巻市中央/千葉とみ子

【評】思いがけない小さな贈りもののような「百円玉」。ポケットに入れたことも覚えていないくらい「ひさびさに」着るコート。こんなことってあると、誰もがそのことを共有できる内容で、ポケットに手を入れた時に触れる硬貨のあの感触も伝わってくる。百円玉の表面にデザインされている三輪の八重桜は、よく見ると美しい。その「さくら」を「枯れず」と詠んだことが優れている。春の空の下で命のかぎり咲く桜を作者はふと思ったのかもしれない。ポケットに「さくら」を見つけて心も明るくなったのだとも思う。

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夕映えを重ね着したか牡蠣筏鳴瀬の海に赤々と照る   東松島市矢本/高平但

【評】海の光景を描写した一首。夕の海に浮かぶ「牡蠣筏」にさす日の光を「赤々と」と表現し、筏を包み込むような夕日の質感を「重ね着したか」と詠む。感じたことを即座に言葉にすることは時に難しいが、この一首の「重ね着したか」は秀逸。詠みこまれた自然の色や海の表情を想像すると、自然の力を受け取るような感覚にもなる。「鳴瀬の海」の具体が効いている。

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読めぬ字を辞書引きみればいつの日に調べしものか印つきおり   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】辞書にある「印」は、以前に調べた証であろう。言葉の置き方に工夫があり、しみじみとした味わいがある。一度調べていた字をまた調べているのだという事実。記憶をたどる時間が作者にはある。

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握力はあるのに何故か次々と陶器落として終活となる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】何故か落としてしまう陶器。大事にしていた陶器ではあるが、失ったことを悲観せずに「終活」と捉えている。思い方に作者らしさがにじむ。

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木やぐらに干されたサンマ旨み増す真冬の景色女川の町   石巻市水押/佐藤洋子

隅々まで物置掃除のおとといの筋肉痛が本日とどく   石巻市開北/星ゆき

厳冬の日和山には人気(ひとけ)なく耀く海面(うみづら)わが目に焼きつく   東松島市矢本/川崎淑子

豊穣の海に応えてぷっくりと生牡蠣孕む平和噛みしむ   多賀城市八幡/佐藤久嘉

本州の北の果てなる下北で苦労し我を育てた母よ   東松島市矢本/畑中勝治

カツカツと音迫り来て追い越しぬ高き踵の若きが二人   石巻市南中里/中山くに子

泣き虫の虫をかくせる冬帽子やさしき言葉待つ日々となり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

小夜ふけて松が枝うつす池の面に凍れる月の冴えざえ光る   石巻市三ツ股/浮津文好

寒風に耐えて揺れてる枯れ芒生への執念誇示する如し   石巻市不動町/新沼勝夫

爪先が今どきの娘(こ)に珍しくしもやけしてるにややも驚く   石巻市大門町/三條順子

七草に一菜の足らぬ粥啜り老いの二人の正月明ける   石巻市桃生町/千葉小夜子

去年の春実のなる樹をば抜きたれば冬に至りて鳥の声なし   石巻市門脇/佐々木一夫

ガリガリとタイヤの音は軋めいて凍てつく轍(わだち)乗り越えて行く   石巻市北村/中塩勝市

夜の中あれこれ悩み多けれど朝の光は我を励ます   石巻市流留/和泉すみ子