短歌(2/6掲載)

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【斉藤 梢 選】

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手の甲にミカンの皮を擦(こす)り付け皺を伸ばさむ七草の朝   石巻市桃生町/高橋冠

【評】寒い季節には、その寒さの日々を生き抜くための知恵がある。一月七日の朝、作者は手の甲にミカンの皮を擦り付けている。行為を詠み込んだこの一首は冬の生活を記録する。その日その日の実感を詠み残すことができるのも短歌の特性であろう。七草を入れた粥を食べて、体を調えるという習慣。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの七草の名をうたいながら「七草の朝」を迎えるのも趣がある。「皺を伸ばさむ」には、自らをいたわる思いがにじむ。暮らしの中にあるミカンの皮の明るい色。

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雪とけて歩き出したが目の前にどさっと落雪オミクロン株   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】急激に感染が拡大して、感染者数が増え続けている「オミクロン株」。昨年の秋ごろからは感染者も減り、感染への怖れで強ばっていた心身も、すこしやわらかくなり、先には光もほのかに見えてきていた。その矢先の「オミクロン株」の猛威。「どさっと落雪」と表現する現状を作者と共に恐れ驚く。四句まで雪を詠むと思わせて、結句に「オミクロン株」という具体を置く方法が巧みだ。突然の「落雪」はとても怖い。

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七草やまな板叩く母の歌今は懐かし昭和の里よ   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】粥に入れる春の七草を俎板の上で叩きながらうたう母。作者にだけ聞こえる母の声を思う一月七日。「懐かし」という言葉が一首の隅々にゆきわたる。

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起きてすぐひねる蛇口に水の音ほっとする朝寒波襲来   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】水道の凍結を心配して「ひねる蛇口」。「水の音」にほっとする作者。「起きてすぐ」が心理を表している。生活実感の一首。冷たい水の音が聞こえるよう。

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施設にても母いてくれし正月は心棒あったと誰も言わぬが   石巻市開北/星ゆき

正月の御弊(ごへい)供えて慎ましく船を祭りて浜の人らは   女川町/阿部重夫

亡き父の齢を大きく越えて生くその価値と証日々に問いつつ   石巻市あゆみ野/日野信吾

歩を止めて来し方思いなつかしみ行く末見つめ又も歩めり   東松島市矢本/畑中勝治

十代の訃報広告寒椿父母の悲しみはかりしれなし   東松島市野蒜/山崎清美

孫の菓子こっそり食めばほのかにも乳の香のするやるせなきまで   石巻市駅前北通り/津田調作

吹く風に頭(かしら)そろえて寒雀話の花を咲かせて集う   東松島市矢本/川崎淑子

眺めやる北上川の葦原は北風うけてうねりとなりぬ   石巻市三ツ股/浮津文好

出来ることのみを数えて事始め正座に耐えて次客となりぬ   石巻市向陽町/後藤信子

星月夜を突き刺すような電波塔黒く佇む糸杉に見ゆ   石巻市流留/大槻洋子

夢のなか詠みたる歌を思い出しメモしてみれば支離滅裂で   石巻市駅前北通り/庄司邦生

寒風に耳がちぎれてしまいそう家あってこそと厨に働く   石巻市渡波町/小林照子

園児等の無邪気に駆ける笑顔ありかわいさに見とれ昼飯忘る   東松島市矢本/奥田和衛

就職の決まりし孫の顔清(すが)し前途に幸の多かれと祈る   石巻市桃生町/千葉小夜子