【石母田星人 選】
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鎮魂のいしぶみ洗ふ春の雪 東松島市あおい/大江和子
【評】鎮魂の碑を洗っている作者。そのさなか春の雪が舞い始めた。碑に触れるとすぐに融ける春の雪。作者のさまざまな思いと一緒に静かに融けてゆく。
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山々の谺(こだま)を奪ふ春の雪 石巻市相野谷/山崎正子
【評】東日本大震災では多くの物が壊された。あの破壊の力は、俳句の季語の持つイメージにも及んだ。「春の雪」と聞いて、大半の人が思い浮かべるのは、春らしい明るさの中のはかなさや、心に温かさを運ぶような雪の印象だろう。だが、石巻かほく俳壇に届く「春の雪」の句の多くは、高台に逃げたあの時を思い出す雪というイメージで使われている。この句もあの日の景だ。中七「奪ふ」には、失くした多くのものに寄せる思いが、殊の外強く込められている気がする。
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鳥帰るフレコンバッグ動かざる 石巻市小船越/三浦ときわ
【評】数カ月すんだ水辺を後にして旅立つ鳥たち。群れが去り存在感を増したのは除染廃棄物のフレコンバッグ。こちらは仮置き場から旅立つそぶりもない。
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幼き日の空襲まざとウクライナ 石巻市広渕/鹿野勝幸
【評】「今すぐに戦争をやめろ」とこの無季の句は叫ぶ。町が火の海になった空襲を体験している作者。戦争の映像を見るとつらい気持ちになるのだろう。
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開通式幅いつぱいに春の風 東松島市矢本/雫石昭一
川端の鳥語にぎやか青き踏む 仙台市青葉区/狩野好子
春の雪遠き記憶の舞ふやうに 石巻市流留/大槻洋子
昼の星瞬く如く石鹸玉 石巻市小船越/芳賀正利
枯木星ボレロの曲に包まれり 石巻市丸井戸/水上孝子
凍て土にアテルイ京へ拳あげ 多賀城市八幡/佐藤久嘉
虎落笛若き日の海連れて来し 石巻市駅前北通り/津田調作
枯れゆくも緋の胎動や冬の薔薇 石巻市開北/星ゆき
新若布有りと張り紙太字かな 石巻市二子/北みなみ
春浅し梢の鴉沖を見て 石巻市蛇田/石の森市朗
傷舐めて母は万能梅の花 石巻市吉野町/伊藤春夫
寒紅や鈴のやうなる声のして 石巻市中里/川下光子
靴音の澄むだけ澄めり余寒なほ 石巻市桃生町/西條弘子
春の風長寿の父の野辺送り 石巻市元倉/小山英智
少しずつ春が起き出すプランター 東松島市矢本/菅原れい子
臥す春の夢はじゃんけんあいこでしょ 石巻市蛇田/高橋牛歩