短歌(3/20掲載)

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【斉藤 梢 選】

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吾娘の背を測りし柱も流されて瓦礫の山をじっと見上げる   東松島市矢本/高平但

【評】東日本大震災から十一年が経った。この一首は「じっと見上げる」という現在形で詠まれている。被災の記憶を表現した作品なので結句は過去形のはずだが、作者の心の中には、今もその時のままある現景なのであろう。上の句の具体が被災の現実を示している。「柱も」の「も」の重み。そして、「瓦礫の山」の「山」の惨。作品が語っていることに心を寄せて、作者の心情を深く思う。日常生活も家族の歴史の跡もすべて壊してしまったあの大津波。詠み続けることには意味がある。

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山茶花は花を小さく進化させ如月の今を乗り越えんとす   石巻市流留/大槻洋子

【評】冬の間も咲き続けている山茶花。花を詠むことは、その花の命を見つめることだと気付かせてくれる一首だろう。寒さが厳しい如月に咲き継ぐ山茶花にある咲くための意志。作者は、咲きながら花を小さくさせて命を繋いでいることを「進化」と表現する。山茶花を詠みながら、作者もまた「今を乗り越えんとす」という思いで生活しているのだとも思う。

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志高き友らがいる事を七十路歩く我の宝に   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】作者が大切にしているのは友。かけがえのない「志高き友ら」との日々。感謝の念を「我の宝に」と、率直に表していることに、七十代の作者の価値観を知る。心の中を静かに見つめた一首。

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柔らかな蕪の葉を油揚げと煮る厨のあかりは夕餉の仕度   石巻市丸井戸/佐々木あい子

【評】あたたかい湯気を思わせる厨歌。冬の生活を丁寧に営んでいる作者であろう。「厨のあかり」が見えるようで、「夕餉の仕度」という結句に味わいがある。

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まだ夜のうっすら空が白む前朝刊届く世界が届く   東松島市矢本/畑中勝治

暖かき日差しに誘われ来し園にまんさくの花ほのぼの咲けり   石巻市駅前北通り/庄司邦生

積む雪の明かりに黒くうちたちて幻のごとく見ゆる庭木々   女川町/阿部重夫

重い腰で断捨離するや押入れに支援物資の赤いセーター   石巻市二子/北條孝子

ガラス戸にうつる姿は老いなれど飛行機雲にいまだ憧る   石巻市清水町/岡本信子

インパルスハートを描き矢を通す遥かに見ゆる日本の平和   石巻市桃生町/高橋冠

十五年共に過ごした愛犬は津波に遭ひて行方のしれず   石巻市三ツ股/浮津文好

久々に淡紅色のデンドロの花にみとれて戦、禍忘れる   石巻市須江/須藤壽子

北京ではスキーもボードも空飛んで八十路の吾に隔世の感   東松島市赤井/佐々木スヅ子

登校の小六は背に翼もち「きまーす」と宙に声残してく   石巻市開北/星ゆき

冬鷗凍てつく定川に身を委ね葦(よし)の根元で肩を寄せ合う   東松島市矢本/奥田和衛

薄白き弦月浮かぶ半島に雪をかかへて群雲ありぬ    石巻市門脇/佐々木一夫

アフガンで机となりしランドセル野原の教室笑顔の児の目   石巻市渡波町/小林照子

夜明け空湖面けちらし北帰行奥羽の山野を隊列なして   石巻市わかば/千葉広弥