短歌(3/6掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】

===

思い出してあげることしかもうできぬ吾にのこれる親孝行は   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】心の中にある思いを詠んだ一首。親孝行をしたいと思うけれど、この世ではそれがもう叶わないということの悲しさ。「思い出してあげる」ことが、せめてもの親孝行だという胸の内を、自分自身に語りかけるように静かに表現している。歌はこのように心情を受け止める器なのであり、普段は口に出して言えないことでも歌に委ねることができる。思い出すたびに胸にしっかりと残ってゆく記憶。そして、記憶と共に作者は生きているのかもしれない。「もうできぬ」には、深い哀惜がある。

===

我が胸に深く刺さりし棘ありて震災の痛み消えることなし   東松島市矢本/高平但

【評】東日本大震災から、まもなく十一年が経つ。その歳月は辛いものであったのであろう。震災は<心災>でもあり、胸に深く刺さったままの「棘」があることを、今も自覚して生きている作者。具体的に被災は表現されていないが、「痛み消えることなし」の結句により、作者の心情を思うことはできる。「深く」という言葉が、被災の悲苦を語っている。

===

小雨降る道のかたえの電柱に百合の花束立てかけてあり   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】百合の花が供えられている電柱の立つ場所。そこだけがこの世とあの世を結んでいる場所のようにも思われる。作者が目にした悲しみの光景に、読者もまた手を合わせる。詠み残すことの大切さを思う。

===

オミクロン心にとめて撒きし豆独り拾いぬ春立つ朝に   石巻市南中里/中山くに子

【評】コロナウイルスの終息を願って撒く豆。「オミクロン」の具体が現状を表していて、立春の朝に拾う豆には昨日の願いがある。切なる思いがこもる一首。

===

早起きし白鳥撮りにと言う息子群れて飛び立つ羽音聞こえる   石巻市中里/大谷キク

言葉には「しかし」がありて悩むけど試行錯誤し解決計る   東松島市矢本/奥田和衛

大切な父の形見の腕時計今も違わず時を刻めり   東松島市矢本/畑中勝治

被災地に春を告げくる福寿草ようやく素直にうけいれられて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

立春が過ぎて更にも寒くなり勿体ぶって春を待たせる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

老生の手持無沙汰にならぬよう詠みて迷宮の虹にときめく   石巻市開北/星ゆき

満ち潮に白波立てて抗うは山より賜る雪解けの水   東松島市矢本/川崎淑子

赤頭巾今朝は真白き綿帽子六地蔵さんの大寒の朝   石巻市桃生町/高橋冠

手も足もぴりぴり寒い立ち話マスクの中の声を弾ませ   石巻市羽黒町/松村千枝子

東北の郷土のどんこ大鍋で具材たっぷり田舎の味噌で   石巻市水押/阿部磨

雪解けて春待つ草を和らかく日差し包みて緑のほのか   石巻市門脇/佐々木一夫

花の雨古本市のみすゞの詩涙流して読みふけるなり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

夕光(ゆうかげ)が消えて冬星みゆるまで今日は心のクールダウンを   石巻市流留/大槻洋子

おばあちゃん美味しかったよありがとう送る喜びその一言に   石巻市蛇田/菅野勇