【斉藤 梢 選】
===
思い出してあげることしかもうできぬ吾にのこれる親孝行は 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】心の中にある思いを詠んだ一首。親孝行をしたいと思うけれど、この世ではそれがもう叶わないということの悲しさ。「思い出してあげる」ことが、せめてもの親孝行だという胸の内を、自分自身に語りかけるように静かに表現している。歌はこのように心情を受け止める器なのであり、普段は口に出して言えないことでも歌に委ねることができる。思い出すたびに胸にしっかりと残ってゆく記憶。そして、記憶と共に作者は生きているのかもしれない。「もうできぬ」には、深い哀惜がある。
===
我が胸に深く刺さりし棘ありて震災の痛み消えることなし 東松島市矢本/高平但
【評】東日本大震災から、まもなく十一年が経つ。その歳月は辛いものであったのであろう。震災は<心災>でもあり、胸に深く刺さったままの「棘」があることを、今も自覚して生きている作者。具体的に被災は表現されていないが、「痛み消えることなし」の結句により、作者の心情を思うことはできる。「深く」という言葉が、被災の悲苦を語っている。
===
小雨降る道のかたえの電柱に百合の花束立てかけてあり 石巻市駅前北通り/庄司邦生
【評】百合の花が供えられている電柱の立つ場所。そこだけがこの世とあの世を結んでいる場所のようにも思われる。作者が目にした悲しみの光景に、読者もまた手を合わせる。詠み残すことの大切さを思う。
===
オミクロン心にとめて撒きし豆独り拾いぬ春立つ朝に 石巻市南中里/中山くに子
【評】コロナウイルスの終息を願って撒く豆。「オミクロン」の具体が現状を表していて、立春の朝に拾う豆には昨日の願いがある。切なる思いがこもる一首。
===
早起きし白鳥撮りにと言う息子群れて飛び立つ羽音聞こえる 石巻市中里/大谷キク
言葉には「しかし」がありて悩むけど試行錯誤し解決計る 東松島市矢本/奥田和衛
大切な父の形見の腕時計今も違わず時を刻めり 東松島市矢本/畑中勝治
被災地に春を告げくる福寿草ようやく素直にうけいれられて 多賀城市八幡/佐藤久嘉
立春が過ぎて更にも寒くなり勿体ぶって春を待たせる 東松島市赤井/佐々木スヅ子
老生の手持無沙汰にならぬよう詠みて迷宮の虹にときめく 石巻市開北/星ゆき
満ち潮に白波立てて抗うは山より賜る雪解けの水 東松島市矢本/川崎淑子
赤頭巾今朝は真白き綿帽子六地蔵さんの大寒の朝 石巻市桃生町/高橋冠
手も足もぴりぴり寒い立ち話マスクの中の声を弾ませ 石巻市羽黒町/松村千枝子
東北の郷土のどんこ大鍋で具材たっぷり田舎の味噌で 石巻市水押/阿部磨
雪解けて春待つ草を和らかく日差し包みて緑のほのか 石巻市門脇/佐々木一夫
花の雨古本市のみすゞの詩涙流して読みふけるなり 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
夕光(ゆうかげ)が消えて冬星みゆるまで今日は心のクールダウンを 石巻市流留/大槻洋子
おばあちゃん美味しかったよありがとう送る喜びその一言に 石巻市蛇田/菅野勇