短歌(4/17掲載)

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【斉藤 梢 選】

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停戦を求める声は届かない何もできない犠牲の数に   石巻市水押/佐藤洋子

【評】ロシアによるウクライナへの侵攻が始まったのは、二月二十四日。この時からの、戦争の現況を知らせる報道には胸が痛む。テレビ画面には凄惨な状況が映し出され、アナウンサーは「死傷」、「爆撃」、「遺体」という言葉を繰り返す。作者の日常の中に入り込むのは戦争の事実。心の声としての「届かない何もできない」に読者も心を寄せる。表現せずにはいられなかった強い怒りや、祈りや、無念が一首に屹立していて、詠むことは心の中の声を言葉にすることなのだと思わせる。あらためて、命の尊さを思い平和を願う。

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赤子の手少しさわって満たされてなんでも我慢できそうになる   石巻市大門/三條順子

【評】やわらかく小さい赤子の手は命そのもの。「少しさわって満たされて」には実感があふれている。少し触っただけで心が満たされる幸を意識することで、作者の生活は明るくなり、気持ちも前向きになることだろう。ささやかな出来事を掬い上げて詠んでいるところがいい。恵みのような「赤子の手」。

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切抜きの裏の意見が気にかかり切れ端探す中高生の   石巻市流留/大槻洋子

【評】新聞を切り抜いているのだろう。心にとまった記事を切り抜いた後、裏の記事を読んだ作者は中高生の意見が気にかかり、読みたくなって「切れ端」を探す。暮らしにあるこのような行為はとても大切。

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あの刻は遠くになりて赦す気に凪ぎて応える海はいま春   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】「あの刻」とは東日本大震災発生時だと思う。十一年の年月が流れ「赦す」気持ちになったと詠む。海を見つめて語りかけながら、胸にはさまざまなことが甦っているにちがいない。そして、春は来るのだ。

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未来へと埋めしクロッカス惑ひなく黄色むらさき未来つかみぬ   石巻市開北/星ゆき

各局の切り口は皆違えどもニュースは戦事一色なりぬ   石巻市あゆみ野/日野信吾

十一年海に向かいて黙とうす知らずこぼれる涙二筋   石巻市蛇田/菅野勇

生きること供養すること養生も死ぬまで続く精一杯に   東松島市矢本/畑中勝治

声高に昭和の親父と見得切るも時代遅れと妻が一笑   石巻市不動町/新沼勝夫

夜半の嵐ふた時半の眠りさえしっかり起こす体内時計   石巻市須江/須藤壽子

春うらら陽炎揺れて田や畑(はた)の土の息吹き土は生きてる   石巻市桃生町/高橋冠

力づく鍬の打ちこみもう出来ぬ農歴生かす庭の菜園   石巻市桃生町/佐藤俊幸

ギシギシと破れトタンは軋めいて俄日和の春疾風かな   石巻市北村/中塩勝市

ウクライナこの世のニュースに涙浮く昭和ひと桁戦争末期   石巻市駅前北通り/津田調作

スーパーのいつも笑顔の島田さん今日もいるかとレジに目をやる   石巻市駅前北通り/庄司邦生

ガラケーの写真一枚消せぬまま十一日は又めぐり来ぬ   石巻市二子/北條孝子

春嵐家が軋みて泣くごとしとくに今夜は心細くて   石巻市流留/和泉すみ子

昨日まではきちんと出来たはずなのにこの日のドジに癇癪起こす   東松島市赤井/佐々木スヅ子