短歌(4/3掲載)

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【斉藤 梢 選】

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てのひらに刻印したくおさな児の耳ふれ頬ふれ嫌われている   石巻市開北/星ゆき

【評】日々成長している「おさな児」への愛しさが一首に満ちている。触れるということは、共に生きているのを確かめ合うことなのかもしれない。作者にある触れたいという思いはとてもストレート。耳に触れて頬にふれて「てのひらに刻印したく」と詠む。この「刻印」という言葉は、触れることでその感触を記憶に留めておきたいという強い願いを的確に表している。そして、結句の「嫌われている」がとてもいい。愛しさだけを表現するよりも、かけがえのない幼い命への愛しさを、よりはっきりと伝えている。

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今ここに生きていることの幸せに気付きて仰ぐ空の碧さよ   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】この時、作者は心の中を見つめて、生きていることの幸せに気付く。感情や感覚を詠むことは、その日その時の自分の生を残すことでもあろう。しっかりと地に足をつけて「ここに生きている」という実感がこの一首の軸。自分自身に向けられた言葉のような「空の碧さよ」という感慨。「仰ぐ」ことは、心の視野を広げること。作者の瞳の中の「碧さ」を思う。

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我が手足枯葉に似たるしわの波心にとどめ証(あかし)を詠う   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】老いを自覚しながらも、その老いを見つめて生を詠むという意志が感じられる。「枯葉に似たる」と表現するけれども、生きてきた証でもある手と足の表情。「心にとどめ」は、生きる姿勢を示す。

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竹灯(たけあか)り語る思い出小さな火御霊と共に星も煌めく   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】鎮魂の「竹灯り」だろう。竹の中に火をともして、東日本大震災で亡くなられた人を悼む。一人一人の思いは、一つ一つの「小さな火」として在る。

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春浅き沖に漁火夜もすがら生計(くらし)を立てる漁師の宿運   石巻市わかば/千葉広弥

引揚げの地獄を思うウクライナ脅える子らはあの日の私   東松島市赤井/佐々木スヅ子

目覚ましの「モルダウ」は爽やかだったウクライナのニュースの前は   石巻市流留/大槻洋子

頭から「性急」の文字消したればなんと呼吸の楽なことかと   石巻市桃生町/佐藤俊幸

波に舞う鷗の集う砂浜はあの日の修羅を全て消し去る   東松島市矢本/奥田和衛

華やかに咲く桜ありうつむきて咲くカタクリあり春は来にけり   東松島市矢本/高平但

被災地も復興進み景観が変われど変わらぬ心の痛み   石巻市不動町/新沼勝夫

あの日より二日遅れで芽生え見ゆ庭の水仙数を殖やして   石巻市南中里/中山くに子

この我の生きる心の端端に今も生きてる母の教えが   東松島市矢本/畑中勝治

春彼岸芽吹く柳は川辺にてうら若くしていぶし銀色   石巻市大門町/三條順子

ゆくりなく開くページの三十首並ぶうたあり「ウクライナ旅魂」   石巻市向陽町/後藤信子

高齢者マークを貼れば蘇る若葉マークに乗りしあの頃   石巻市門脇/佐々木一夫

あの日から十一年のこの春に孫は旅立ち自分を生きる   石巻市流留/和泉すみ子

冬枯れの庭のさざんか赤く咲き今朝の庭先おしゃべり弾む   石巻市錦町/山内くに子