【斉藤 梢 選】
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桜花散りしく川面を列なしてかる鴨の来る花を縫いつつ 石巻市南中里/中山くに子
【評】咲き誇る桜も美しいが、散る様子もまた心に残る。作者は川の近くで、散る花を見て、花びらが川面に筏のように浮いている光景に目をとめている。そこに、花びらを縫うように来るかる鴨たち。「かる鴨の来る」という四句が、作品に動きを与えていて、その状況が見える。「縫いつつ」という表現は、花と花を縫い繋いでいると解釈することもできる。春の長閑なひとときを一首に掬い上げて詠んでいて、美しい映像を見ているよう。「花を縫いつつ」が印象的。
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ノビル摘むこれぞ平和と思ひつつ焦土の町の緑いつの日 石巻市二子/北條孝子
【評】日常にあって平和を意識することがある。春の山菜のひとつであり、野に生える蒜(ひる)という意味のノビルを摘みながら、作者は平和である今を実感する。
しかし、その思いと同時に報道で知る「焦土」が胸を締めつけている。ロシアによる軍事侵攻で焦土と化しているウクライナへの強い思いが、「緑いつの日」という言葉を生んだ。色の無い町になってしまった遠い地への祈りの一首でもあろう。
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オリオンを一夜(ひとよ)眠れず眺むれば小(ち)さき地球に生きるを知りぬ 東松島市矢本/高平但
【評】星の輝きを見つめながら、宇宙の広さを思い、自身の立ち位置を確認している作者。眠れぬ夜にさまざまなことが心を占めているのだろうか。小さな地球に生きる小さな命という自覚。星座との会話。
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久々に訪ねて来たる兄なれどコロナを言いて庭にて帰る 石巻市駅前北通り/庄司邦生
【評】コロナ禍の現実を詠む。久々に訪ねて来たのであるから、ゆっくりと話したいが、叶わない。「庭にて帰る」に、帰った後の兄弟の心情を思う。
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啄木忌静かに心整えて遥か彼方の不来方の空へ 東松島市矢本/畑中勝治
深沈と満ちくる潮に浸されて息吹き返す干潟の命 石巻市門脇/佐々木一夫
葉桜に行く春惜しむいとまなく隣家の庭にハナミズキ咲く 石巻市蛇田/菅野勇
歳月に洗われ生きて九十一歳老いぼれ晒す短歌(うた)を編みゆく 石巻市駅前北通り/津田調作
震災を経ての海こそ値打ちなり海胆、牡蠣、鮑てんこ盛りなり 多賀城市八幡/佐藤久嘉
みちのくの大地貫く北上川(きたかみ)は江合(えあい)川抱き海へと注ぐ 石巻市桃生町/高橋冠
誕生日いかに過ごすか妹よ病と向き合い闘い勝つと 石巻市あゆみ野/日野信吾
友よりの希望持てよと渡されしガーベラ見つめ吾が道を行く 石巻市中里/鈴木きえ
コロナ禍も春を存分謳歌する専修大の桜並木で 石巻市水押/佐藤洋子
黒々と耕転されし田圃には早くも蛙の合唱時雨 東松島市矢本/奥田和衛
被災地の暮れがたき空対岸のクレーンは高き灯(ひ)を点したり 女川町/阿部重夫
舞いて来る桜花びら集めきて春という字の花文字作る 石巻市清水町/岡本信子
山並とほんのり淡い色合いの霞の空よ山桜咲く 石巻市桃生町/西條和江
校庭に並んだ帽子「ひよこだね」そういう孫は三年生に 石巻市流留/和泉すみ子