短歌(5/29掲載)

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【斉藤 梢 選】

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手のひらに並べる薬のそれぞれによろしく頼むと声掛け服す   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】日常生活の中で薬を服すということを、実感をともなった言葉で丁寧に表現している。「並べる薬」とあるので、複数の薬で、錠剤やカプセルだろう。その「それぞれに」声をかけて、「よろしく頼む」と願う。この歌は、いつもと変わらない生活の中にも詠み得ることがあることを教えてくれる。感動や気付きだけが、歌材となるのではなく、実はこの歌のような生の証明こそが、短歌という定型で表現できることなのである。薬に声を掛けている作者の様子が見えるようで、生きていこうとしている意志が静かに伝わってくる。

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白黒の神社挙式の父母の写真やがて始まる吾の物語   東松島市矢本/高平但

【評】時代を語る「白黒」の写真は、神社で結婚式を挙げた時の「父母」の並ぶ写真。作者は、自分が生まれる前の両親の姿を写真に見ている。挙式から始まる「父母」の物語。その物語の中で「やがて始まる」作者自身の物語。家族の歴史の始まりを知る挙式の写真であろう。上の句から下の句へ続いていく発想が印象的で、「吾の物語」という結句が味わい深い。

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甘雨降り日増しに芽吹く草木の広がり早し我が家の園も   女川町/阿部重夫

【評】草木をうるおす雨が降り、いっせいに芽吹きが始まり、緑の領域が増えてゆく季節を詠む一首。「広がり」と捉えたことに注目する。そして、結句の「も」がいい役割をしている。植物の命の勢いを感じる日々。

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落ち椿の澄むくれないの六つななつ這松にぽとっ雨ににぎやか   石巻市開北/星ゆき

【評】くれないの落ち椿の姿を感覚的に表している。ゆたかな感性を思わせる「澄む」。下の句の節調がよく、<這松に落ち椿>の日本画を見ているようでもある。

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一粒のひまわりの種てのひらに強く握りてかの国愁う   石巻市二子/北條孝子

彼岸過ぎ温き日差しに葉隠れのチューリップの茎つぼみ押し出す   石巻市駅前北通り/庄司邦生

朝毎に庭の若木のみどり増し確かな自然背(せな)押しくるる   石巻市南中里/中山くに子

里の道菜の花咲きて風歌う人を迎えて人を和ます   東松島市赤井/茄子川保弘

香りごと指に絡まる木の芽味噌擂り粉木まはせば春は爛漫   石巻市門脇/佐々木一夫

海を詠むそうではなくて海で詠むもとの我として穏やかな波   石巻市湊東/三條順子

ひさびさの娘(こ)に咲き初めるすずらんを三年ぶりに時は動きて   石巻市流留/大槻洋子

亡き友と紫陽花数えた長谷寺のかの日懐かしまた梅雨が来る   東松島市赤井/佐々木スヅ子

排水の工事現場に鯉のぼり風に向かいて子等に元気を   石巻市不動町/新沼勝夫

道連れの二人の旅も漸くに峠は越えたろゆっくり行こう   東松島市矢本/畑中勝治

テレビしか行ったこと無い国なれど三月、四月はウクライナ人に   石巻市中里/大谷キク

震災後思い出すのは石巻子供が遊びし青き海の色   仙台市泉区/千葉咲子

移り世に老い身晒せば若き日の夢が浮かび来ただ眼の裏に   石巻市駅前北通り/津田調作

次々と災禍の続く日々なれど平穏に生きるを願いけり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美