短歌(6/12掲載)

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【斉藤 梢 選】

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大国の侵攻止まず珈琲の口に残れる苦みの消えず   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】六月三日で、ロシアによるウクライナへの侵攻が始まってから一〇〇日がたった。私たちは報道により、その現実を知ることになるが、暮らしの中のある瞬間に、記憶されているその報道の惨の一部がよみがえることがある。または、心のどこかでウクライナの人々のことをずっと思っているのかもしれない。「大国の侵攻止まず」の二句切れは、作者の憤りを示し、やりどころのない悲しみをも表わしている。「苦みの消えず」は、今も続いている攻防が、作者の感覚に影響をおよぼしていることを伝えている。

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凡庸な日々こそ非凡と実感す廃墟と化した画面見つめて   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】作者の中で今までの価値観が覆る。穏やかに過ぎてゆく平凡な日々が、ある日突然戦いによって奪われるという事実。廃墟の映像を見つめながら、自身の暮らしを思いみて、あらためて「凡庸な日々」に思いをめぐらせているのだろう。「実感す」という言葉が、読者の心にまっすぐに響いてくるようだ。侵攻の現状を伝える「画面」を見て、心が痛む日々が続く。

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近ごろは若き日のこと娘(こ)に話す我亡きあとに娘(こ)が子に語るや   石巻市渡波町/小林照子

【評】若い時の自分のことを、娘さんに話している時間が尊い。その内容はお孫さんへと伝わるのだろうかという感慨。どう生きてきたかを言葉にして残すことは大切だと思う。「娘(こ)が孫に語るや」の方法も。

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新たなる緑の枝を揺する風明日も晴れると背(せな)の夕日は   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】木の命の勢いを「新たなる緑」に見ている一首。自然の中に身を置き、風を感じて背中に夕日の温みを感じているひととき。緑の風と茜色を想像させる。

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花終へて緑深まるこの季(とき)に花殻を摘む我が手枯れをり   石巻市門脇/佐々木一夫

しじま破る自衛隊機に思い出す戦時疎開や今ウクライナ   石巻市蛇田/菅野勇

観光船何を見んとて乗りたるや春も冷たき風吹く海に   石巻市駅前北通り/津田調作

「泣いたけど気づかれなかった」三歳の耳うちの両手ふわと温めり   石巻市開北/星ゆき

窓の空ぽっかり浮かぶ雲ひとつ俺が見えるかここで生きてる   東松島市矢本/畑中勝治

「つけすごど言ってはだめ」と吾を諭す診療待ちの妻のため息   東松島市矢本/高平但

薬剤を一つ減らすとドクターに言われて我の生きる力に   石巻市不動町/新沼勝夫

リラ匂うつつがなく受くる写メだより紫丁香花(むらさきはしどい)の和名も添えられ   石巻市向陽町/後藤信子

風荒れてさざ波寄する田んぼでも田植機めげずひたすら植える   石巻市桃生町/佐藤俊幸

夕餉すみことなき一日(ひとひ)と座につけば孫の手渡すコーラがしみる   石巻市須江/須藤壽子

ときめいて駅にむかえに急ぐ足コロナ禍ゆえにそっと「おかえり」   石巻市新栄/堀内ひろ子

亡き母が手塩にかけし紅躑躅津波の庭に今年も咲けり   石巻市三ツ股/浮津文好

山里のせせらぎ聞こゆる喫茶店若葉の中でコーヒーを飲む   石巻市泉町/佐藤うらら

車窓よりビルの屋上垣間見ゆ君の街まであと五十分   石巻市駅前北通り/工藤久之