短歌(6/26掲載)

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【斉藤 梢 選】

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遠くなりし昭和がそこにあるように矢車草の花が揺れている   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】咲く時期を記憶しているように花は咲く。私たちは、咲いている花に目をとめて、その花を心にとどめる。単調に過ぎてゆく暮らしの中で、花を見て何かを感じる時間は尊い。そういうことをこの一首は気づかせてくれる。矢車草は、直立した茎の丈が高く、風に揺れると風情があるのだろう。五枚一組の葉が、鯉のぼりに添える矢車の形に似ていることが、名前の由来。清楚な感じの「矢車草の花」の姿に、昭和のイメージが重なって、抒情的な歌が生まれた。遠くなってしまった昭和だけれども、本当に懐かしい。

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ワインなら発酵熟成の年代か実感のなきわが林住期   石巻市開北/星ゆき

【評】人生を、学生期(がくしょうき)、家住期(かじゅうき)・林住期(りんじゅうき)、遊行期(ゆぎょうき)の四つに分けるインドの人生論がある。五木寛之のベストセラー『林住期』により、この四住期が多く知られるようになった。作者は今、「林住期」(五十歳から七十五歳)を生きている。そして、「実感のなき」という率直な思いに至り、自分を見つめ直している。詠むことで、生を確かめているのだとも思う。

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変わりゆく街の姿や大通り路地のアヤメに昔が残る   東松島市赤井/茄子川保弘

【評】古いものが視野から消えて街が変化してゆく現実を、しっかりと認識している作者。ある日、路地に咲いているアヤメを見て佇む。下の句の感慨が読者の心にも届く。アヤメの咲く雰囲気は今も変わらない。

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友からのうれしき絵手紙「生きっぺし」葱のひげ根も添えて縮れて   石巻市渡波町/小林照子

【評】友からの力強いメッセージが届く。作者を元気づける絵手紙の一枚が見えるように詠まれている。縮れた「葱のひげ根」の生命力。友の存在のありがたさ。

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浮き雲に緑濃くして馬っ子山初夏の風受け五体に活を   石巻市不動町/新沼勝夫

嬰児があくびするがに花開く朝露まとう睡蓮の白   東松島市矢本/高平但

風ぴたり止んで今宵は寂しけりエオルス音の聞こえぬ夜は   石巻市桃生町/高橋冠

風に堪え大輪の牡丹花揺らぐ庭の一隅狭しとばかり   石巻市南中里/中山くに子

ビル街をシルエットにし黄色なる朝が始まる病室の窓   石巻市流留/大槻洋子

昼顔の一面に咲きし砂の丘今も残れる記憶の中に   石巻市流留/和泉すみ子

老いるとはこんなに寂しきものなのかコップの酒にあの青い海   石巻市駅前北通り/津田調作

北上川静かに糸を垂れながらヘラ鮒を待つ強い当たりを   東松島市矢本/畑中勝治

公園で母娘(こ)の遊ぶ声がするこの安らぎをウクライナにも   東松島市赤井/佐々木スヅ子

暗闇に霧をまとひて咲くバラの色も見えぬにかをり確かに   石巻市門脇/佐々木一夫

白清(さや)か十年目にしてアボカドの大きな花に声発する朝   石巻市湊東/三條順子

時鳥一際高く鳴く声に初夏を感じる午后のひととき   石巻市桃生町/西條和江

早苗田に鷺の夫婦が声交わし何を食みしか夕暮せまる   石巻市桃生町/千葉小夜子

三年振り娘帰りて父の顔見ては安堵か饒舌となる   石巻市水押/阿部磨