【斉藤 梢 選】
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年取れど新職場では一年生緊張の朝くるま走らす 石巻市水押/佐藤洋子
【評】作者にとって特別な朝の心境を詠み残す一首。心情を言葉にする詠むという行為により、その日その時の自分をしっかりと見つめることができる。この一首には、生きて働く人間の姿が表現されていて、読者はその姿を想像し、心を寄せることができる。「新職場」に初めて出勤するときの緊張感と、「一年生」という言葉で表わす慎み深さ。この朝からスタートする新しい生活を、思わず応援したくなる。「くるま走らす」は能動的な表現であり、作者の心構えを感じる。生き生きとした生活詠だと思う。
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雨止みて名残の霧はうごきつつ斜面に見えて栗の花白し 女川町/阿部重夫
【評】味わいのある抒景歌。雨が止んだあとに霧が斜面を動いてゆく光景を捉えていて、作者の視線が霧にそそがれていることがわかる。ひとつの映像を見ているようでもあり、美しい。そして、霧に誘われるように栗の白い花に留まる視線。結句の「栗の花白し」の「白」が印象的である。
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みちのくの北山崎に薄霧の衣まとひて小舟ただよふ 石巻市門脇/佐々木一夫
【評】岩手県の北山崎。霧につつまれている海に漂う小さな舟を作者は見ている。「薄霧の衣まとひて」という独自の感じ方がいい。海と霧の白さと小舟の世界に、時間を忘れるよう。旅のひとときを残す歌。
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まるで海、空果てしなく青の主張ところどころに雲の波あり 石巻市湊東/三條順子
【評】空を見上げた作者は、空に海を感じた。「まるで海」と表現するこの日の空は特別。空が「青の主張」をしているという独特な感覚。雲を波に見立てていて、波立ちも見えるかのよう。空の青と海の青を思う。
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子や孫に誇るものとて特に無く昔のことだと来し方語らず 石巻市蛇田/菅野勇
無理するな病む夫の声背に受けて頷ける我鎌を手にして 石巻市桃生町/千葉小夜子
野蒜からハマヒルガオに送られて海鳥群れ飛ぶ月浜までも 東松島市矢本/畑中勝治
歳月を重ねし海を短歌(うた)にせん頭脳回路に残りし海を 石巻市駅前北通り/津田調作
真野川の水面(みなも)に小石跳ねらせて数をかぞえき友と競いて 石巻市駅前北通り/庄司邦生
垂れ下がる雨雲の下コンバイン排気音上げ走り麦刈る 東松島市赤井/茄子川保弘
老いてゆく手続きなんて関知せず余生楽しく夢だって見る 石巻市桃生町/佐藤俊幸
鉢植えの苺に掛けし透明の骨なし傘は我が家の案山子 石巻市須江/須藤壽子
和紙なぞり馬楝(ばれん)の音の心地よさ幾重の版木で織りなす世界 東松島市矢本/高平但
五月雨の三日続きて風雨増し庭の芍薬花乱れ散る 石巻市南中里/中山くに子
山頂に寝転び本を読みたいとあこがれ続けもう五十年 石巻市流留/大槻洋子
この二つの命をえにしと吾(あ)よりさきに老いゆく猫と季(とき)を生き継ぐ 石巻市開北/星ゆき
天翔るさまにさみどりの葉を広げ勢う六月八角蓮は 石巻市向陽町/後藤信子
朝早く老若男女ゴミ袋トング片手に町内巡る 石巻市水押/阿部磨