短歌(7/10掲載)

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【斉藤 梢 選】

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年取れど新職場では一年生緊張の朝くるま走らす   石巻市水押/佐藤洋子

【評】作者にとって特別な朝の心境を詠み残す一首。心情を言葉にする詠むという行為により、その日その時の自分をしっかりと見つめることができる。この一首には、生きて働く人間の姿が表現されていて、読者はその姿を想像し、心を寄せることができる。「新職場」に初めて出勤するときの緊張感と、「一年生」という言葉で表わす慎み深さ。この朝からスタートする新しい生活を、思わず応援したくなる。「くるま走らす」は能動的な表現であり、作者の心構えを感じる。生き生きとした生活詠だと思う。

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雨止みて名残の霧はうごきつつ斜面に見えて栗の花白し   女川町/阿部重夫

【評】味わいのある抒景歌。雨が止んだあとに霧が斜面を動いてゆく光景を捉えていて、作者の視線が霧にそそがれていることがわかる。ひとつの映像を見ているようでもあり、美しい。そして、霧に誘われるように栗の白い花に留まる視線。結句の「栗の花白し」の「白」が印象的である。

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みちのくの北山崎に薄霧の衣まとひて小舟ただよふ   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】岩手県の北山崎。霧につつまれている海に漂う小さな舟を作者は見ている。「薄霧の衣まとひて」という独自の感じ方がいい。海と霧の白さと小舟の世界に、時間を忘れるよう。旅のひとときを残す歌。

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まるで海、空果てしなく青の主張ところどころに雲の波あり   石巻市湊東/三條順子

【評】空を見上げた作者は、空に海を感じた。「まるで海」と表現するこの日の空は特別。空が「青の主張」をしているという独特な感覚。雲を波に見立てていて、波立ちも見えるかのよう。空の青と海の青を思う。

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子や孫に誇るものとて特に無く昔のことだと来し方語らず   石巻市蛇田/菅野勇

無理するな病む夫の声背に受けて頷ける我鎌を手にして   石巻市桃生町/千葉小夜子

野蒜からハマヒルガオに送られて海鳥群れ飛ぶ月浜までも   東松島市矢本/畑中勝治

歳月を重ねし海を短歌(うた)にせん頭脳回路に残りし海を   石巻市駅前北通り/津田調作

真野川の水面(みなも)に小石跳ねらせて数をかぞえき友と競いて   石巻市駅前北通り/庄司邦生

垂れ下がる雨雲の下コンバイン排気音上げ走り麦刈る   東松島市赤井/茄子川保弘

老いてゆく手続きなんて関知せず余生楽しく夢だって見る   石巻市桃生町/佐藤俊幸

鉢植えの苺に掛けし透明の骨なし傘は我が家の案山子   石巻市須江/須藤壽子

和紙なぞり馬楝(ばれん)の音の心地よさ幾重の版木で織りなす世界   東松島市矢本/高平但

五月雨の三日続きて風雨増し庭の芍薬花乱れ散る   石巻市南中里/中山くに子

山頂に寝転び本を読みたいとあこがれ続けもう五十年   石巻市流留/大槻洋子

この二つの命をえにしと吾(あ)よりさきに老いゆく猫と季(とき)を生き継ぐ   石巻市開北/星ゆき

天翔るさまにさみどりの葉を広げ勢う六月八角蓮は   石巻市向陽町/後藤信子

朝早く老若男女ゴミ袋トング片手に町内巡る   石巻市水押/阿部磨