短歌(7/24掲載)

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【斉藤 梢 選】

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ありがとうとお辞儀してから花を見る託児所の幼の清い瞳よ   石巻市湊東/三條順子

【評】咲いている花にありがとうと、言葉をかけている幼い子の様子を作者は見守る。「ありがとう」は、咲いてくれていることへの感謝の気持ちだろう。幼子のお辞儀をしている仕草を想像すると、とても愛らしい。この日この時、作者はかけがえのないものを、幼子から受け取ったにちがいない。ひとつの感慨を、心にとどめて表現しているこの歌は、読者の心をも清めてくれる。「清い瞳よ」の結句に、作者が感じ得たものの尊さが滲む。大人になると忘れてしまう無垢なる感覚があることを、幼子との出会いが教えてくれた。

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津波後はみどり萌え出る木や草に心の襞を揉みほぐされた   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】東日本大震災から十一年と四か月が過ぎた。「津波後」は、津波のことを忘れない日々であったろう。津波に呑みこまれた色の失われた景に、暗くなった心。「心の襞を揉みほぐされた」という実感は真実であるだろうし、心の声でもある。失われたものは多くあったけれど、自然の営みは繰り返されて「萌え出る」季節はやってきた。人間を勇気づける「みどり」。

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衣食住の貧しき極み通り抜け気付けば齢八十六に   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】作者は自らの生を見つめている。懸命に生きてきたことがわかる「気付けば」。過去を思うことは、生きてきた道のりを確かめること。「貧しき極み」の時代を生きた力強さ。多くのことを語っている一首。

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一日の出来事語り笑う時ウクライナの子よぎり案ずる   石巻市水押/佐藤洋子

【評】報道で知るウクライナの現状。日常生活の中でも、その惨は時おり心をよぎる。ウクライナの子を案ずる気持ちを詠むこの一首に、平和と戦争を思う。

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海の色変わる黒潮運びくる鰹に鮪郷には夏も   石巻市駅前北通り/津田調作

畑にて野菜と会話し悦に入り生長するを心に描く   東松島市矢本/奥田和衛

朝の庭昨夜こっそり五月雨が遊びに来たと我に囁く   東松島市矢本/畑中勝治

紫陽花の一雨ごとに色の増し行き交う人も歩み止め見ゆ   東松島市矢本/高平但

軍用機の轟音ひびく空見上げ時局思えば穏やかならず   石巻市駅前北通り/庄司邦生

枝張りてあふるる程に花つける梨の一木は夕映えのなか   女川町/阿部重夫

待て待てと次々止める赤信号今日の一日慎重にせよと   東松島市赤井/佐々木スヅ子

先人の苦労の末の自由なり何はともあれ投票へ行く   石巻市流留/大槻洋子

可燃ごみに二百のカラオケテープ置き収集車の音しずかに待ちぬ   石巻市開北/星ゆき

「遊行期」言葉(ことのは)知りて知識増え八十路の吾に生きるヒントを   石巻市不動町/新沼勝夫

ゆるやかに病の進行感じたり動かぬ身体もどかしくやし   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

白壁の蔵から響く仕込み歌杜氏を偲ぶ庭の老松   東松島市赤井/茄子川保弘

夏いろのアクリル糸でタワシにし手にする人の笑顔うかべる   石巻市須江/須藤壽子

目に青葉侘びの世界に心おき茶釜の湯気に一人遊べり   石巻市清水町/岡本信子